見て 2 | ![]() | |
ジェイドがいない。 存在がなくなったわけではない。ただ、プラチナの目の前にいない。屋敷に戻ってきている形跡はあるのに、姿を見ることができない。朝は早くに屋敷を出て、そして夜遅くに帰ってくる。必死で帰りを待とうとしているプラチナだが、ついウトウトとしてしまうと、もう会う機会を逃してしまう。 もしかすると、プラチナの食事を用意するためだけに帰って来ているのかもしれない。 プラチナは完全に避けられていた。 あの日からアレクが屋敷にやってくることもない。きっと一日中サフィルスと一緒なのだろう。それは想像に易かった。これから二人は『何か』を起こそうとしている。そして、それが終わったときが彼らとの別れのときなのだと、プラチナは理解していた。 「ジェイド……。」 誰もいない広い屋敷の中で、その名を呼ぶ声は空しく響く。返るはずのない声を待っている。 そうなっても平気だと嘘をついた。自分が言ったことだと無理矢理納得しようとしても、ジェイドがいないそこは広すぎて自然と優しい声を、温もりを求めてしまうのを止められない。 「……ジェイド………。」 小さく呟いてプラチナはため息をついた。 書庫で本の片づけを始める。もともと散らかっていたわけではないので、そんなに大変な作業ではなかったが、本の種類ごと、大きさごとに分けるという作業は小さなプラチナにとっては重労働だった。 大きくなれば何ということはない仕事だったのだが、以前ジェイドに「小さい体でがんばっている姿が可愛らしい」と言われたから、だから一生懸命走り回る。 ジェイドがそれを見ることはなくても…。 「……終わった。」 体力のないプラチナは、疲れきってその場にしゃがみ込んだ。 「ジェイドは喜んでくれるだろうか…。」 褒めて欲しいわけではない。ただ、ジェイドの喜ぶ顔が見たいだけ。 最後に一度でもいいから、笑って欲しい。 プラチナは大きく息をついて立ち上がった。一気に起き上がったせいか、立ち眩みを起こしたプラチナは近くの本棚に寄りかかる。 「大丈夫だ…、まだ、独りじゃない。ジェイドが…いる。」 呟いてフラフラと自室に向かう。今のうちに寝てしまえば、深夜に帰ってくるジェイドに気付くことができるかもしれないと、プラチナは食事には手をつけずに自室へと戻っていった。 夜ももう更けようとする頃、プラチナの寝室の扉が静かに開かれる。室内の様子を伺うようにして中に入ってきたのはジェイドだった。 ベッドでにんじん枕を抱きしめて丸くなっているプラチナの上掛けを直してやり、起こさぬように頬に触れる。涙の跡に気付いたジェイドは苦しそうに表情を歪め、そしてその頬に口付けた。 「おやすみなさい…。」 小さな声で呟き部屋を後にする。 「少し、痩せましたね…。」 キッチンの鍋にそのまま残っていたプラチナのための食事を見て、ジェイドはため息をついた。 「傍にいればいいじゃないですか。見ているこっちが辛いですよ。」 サフィルスの言葉にジェイドは苦々しい笑みを浮かべた。 「プラチナ様は『一人でも生きていける』そうだ。」 「―――――そんなの、あなたのために無理をしてるに決まってるじゃないですか!!」 サフィルスが詰め寄るがジェイドは目もくれずに続けた。 「それに、どうせいつか別れるなら変わらないだろう。早いか遅いか、それだけだ。同情で傍にいるのだと思われるより、『いなかった』ことにしていつの間にか消えた方がお互いに楽だろう……。」 サフィルスは黙り込む。 あの日からサフィルスはずっとアレクと一緒にいる。彼が起きている時間は全て二人で過ごす時間に当てて、アレクが寝静まった夜に、こうしてジェイドと言葉を交わしに来る。 最後の時が来るまで、彼はできる限りアレクと過ごすことに決めたのだ。だから、プラチナが不憫に思えて仕方がない。 「どんなに今を偽っても未来は変わらない。」 言い捨ててジェイドは屋敷を出る準備を始めた。プラチナのための食事。好物のラカの実も買ってきた。それをテーブルのフルーツカゴに入れて準備は完了。 「ほら、行くぞ。」 さっさと屋敷を出て行くジェイドの後をサフィルスが追っていく。 「―――――ジェイド!!」 屋敷の門をくぐろうとした時、後ろから悲痛な声が聞こえた。 「プラチナ……。」 振り返ったサフィルスが見たのは、二階にあるプラチナの部屋。小さなウサギがバルコニーの手摺りを握り締めてこちらを見つめている。 「行くぞ……。」 振り返ることなく言ったジェイドは、そのまま門を出て行った。 「……ジェイド…。」 固い決意を曲げない同胞にサフィルスは痛ましげな視線を送る。そして、もう一度プラチナを振り返りその場を後にした。 「ジェイド…、ジェイ…ド………。」 届いたはずの声すら無視されて、プラチナはその場に座り込んで泣いた。完全に自分の存在を否定されたような、そんな気持ちに支配され、呼吸をすることすら辛く感じられる。 「もう、俺は…、いらない…か……?」 見上げた空は白み始めていて、天球に残された月は輝きを失い徐々に姿を消していった。
〜continue〜
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