うしゃぎさん 2

「セレス、仕事を頼みたいのだが」
彼のまわりを飛んでいる“うしゃぎ”をハエタタキで叩き落としていたセレスに、彼が声をかけた。
「なに?」
「これを地上に降りている天使に届けてほしい」
「…………わかったよ」
すこしふてくされたように、セレスは彼から『伝言』を受け取った。


“うしゃぎ”の主な仕事は、神からの『伝言』を届けるというものだ。
『伝言』は紙などに書いてあるわけではなく、一輪の花の形をしている。相手に花が渡った時、その花は光となって相手の胸の中へ消えていく。すると不思議なことに、その相手の頭の中に神からの言葉が伝わるのだ。


セレスが気にくわないのは、『伝言』が花の形をしているということだった。彼から受け取った花を、他の誰かに届けなければいけないというのがすごく嫌だった。
「僕は花なんてもらったことないのに…」
自分は彼の一番傍にいるのだから、わざわざ花をもらう必要はない。
幸せな場所にいるはずなのに、なんだか悔しかった。
「ええと、誰に届けるんだっけ」
届け先を確認すると、セレスはものすごく大きな溜息をついた。




「…っ。とと…」
地上に出た途端、軽い目眩をおこした。
地上は夜の闇に覆われていた。
天使は夜になると力が弱まり、本来の力を発揮できなくなる。セレス程の大天使であればさほど影響はないが、一般の天使となると『本来の自分の姿』すら保てなくなる。夜はやっかいなのだ。
「あー、やだやだ。早く仕事すませて帰ろ」
セレスは地上に降りているという天使の『羽根の光』を探し出し、迷わずそこに向かった。

そこに天使はいた。
紫の目、緑の髪をした天使。
セレスはその天使………………など眼中になかった。
目を奪われたのは、天使と一緒に自宅の庭に出ていた『人間』だった。
長い銀の髪に、青い瞳。
瞳の色こそ違うものの、人間は“彼”と瓜二つだった。
「……………うさぎ?」
「“うしゃぎ”さんですよ、プラチナ様。神のお使いです」
「う、うしゃ…?」
プラチナの青の瞳が呆然と見上げてくる。戸惑いを隠せないプラチナに、セレスはにっこりと笑った。
「きみ、名前は?」
「プラチナ…だが…」
「そう。プラチナ。僕はセレス。よろしくね」
「あ、ああ…」
今だ呆然としているプラチナの手を取り、ぶんぶんと振る。隣にいる天使が何やらわめいているが、セレスは見向きもしない。
「…兄上?」
「え?」
プラチナが何か呟いたが、セレスには聞き取れなかった。
「いや、違うな…。なんでもない」
淋しそうに、青の瞳が陰る。この表情には見覚えがあった。
「プラチナ…、淋しいのかい?」
「え…」
「淋しいって顔をしているよ。僕にはわかる」
(彼も淋しがっている時、こういう顔をするからね)
こういう時どうすれば相手が喜ぶか、セレスは心得ていた。
ふわりと宙を舞い、プラチナの頭を抱きしめる。
「僕は君が気に入ったよ。…淋しいのなら、しばらく傍にいてあげるよ…?」
「……セレス…」


「いい加減にしてくださいっっっ!!!!!」


無視され続けた緑の天使が、とうとうキレた。
「セレス様!あなたはプラチナ様ではなく私に用があって来たんでしょう!? それに、プラチナ様の傍には私がいるんですから、あなたなどお呼びではありません!」
「ああ、うるさいねぇ」
ギャーギャー叫びながら自分の羽根を引っ張る天使を鬱陶しそうに振り返ったセレスは、破顔した。
「あははははは! あははははははっっっ!!」
「…何がおかしいんです」
「あははははは! だ、だってジェイド、君、その姿…っっ! あはははははははは!!!」


天使にとって、夜はやっかいだ。
笑い死にそうなセレスが指を差したその先には




見事に2.5頭身にまで縮んだ、ジェイドの姿があった。




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