うさぎうさぎ 2 十五夜と聞いて、団子を飾るだけでは何となく寂しいかと、ジェイドは道端で子供が売っていたススキというこの辺りでは珍しい植物を買った。 それらを中庭が一望できるテラスの入口に飾って窓を開け放す。 既に夜の時間帯となった空には、見事なまでの満月が浮かんでいる。 「十五夜か…。何だか月までが違って見えるな……。」 この日の月はいつもの冷え冷えとした青白い色をしておらず、どこか暖かみのある金色をしていた。 「ふん……。」 世界に住むたくさんの生き物に見てもらうためにその容貌を変えたような、そんなあり得る筈のない想像がジェイドを苛立たせる。 一度自室に戻りワインを取ってきたジェイドは先程まで座っていたソファに倒れ込むようにして腰掛けた。 「ん?」 視界の端に一瞬、白い影が映ったような気がしてジェイドは周囲の気配を伺った。 「気のせい…か?」 用心しつつ窓に近づいてみるが特に何もない。あるのは十五夜の飾りだけで…。 「―――――?」 ジェイドの目に映る月見団子の山。先程まできれいな四角錘の形に整えられていたそれが、僅かに崩れてその中のひとつが床に転がっている。 「……………。」 ジェイドはなるべく大きな動作をしないように、中庭に視線を移した。 微かに吹いている風が、そこに芽吹いている草花を揺らす。その緑の中に風に靡かない白い何か。 探していたものがまさか自分の家にいるとは思っていなかったジェイドは、表情をほころばせた。 「そんなところに隠れていないで、こちらに来ませんか?」 優しく、大きすぎない声で呼びかける。 自分が隠れていることがバレてしまったのを知ったウサギは、そこから逃げようとジェイドに背を向けた。 「お団子、食べませんか?私はここに一人なもので、こんなにたくさん食べきれないんですよ。」 優しい声の中にどこか寂しげな響きを感じて、ウサギは振り返った。 そこにはテラスと室内の間の段差に腰掛けて手に団子をひとつ持ってこちらへと差し出しているジェイド。 「大丈夫ですよ、何も悪さしませんから。」 その優しい笑顔に僅かに警戒を解いたらしいウサギは、少しずつ少しずつ時間をかけてジェイドの元に辿りついた。 「おなかすいてるんでしょう?どうぞ。」 ギリギリで手の届く範囲、ウサギはビクビクしながらジェイドの手の中にあった団子に口をつけた。 「…美味い。」 小さなひとかじり分を飲み込んでウサギは嬉しそうに言った。 「それはよかった。どうぞ、どんどん食べてくださいね。」 ウサギに取らせることはせず、常に自分の手から団子を与える。小さな生き物だけに食べるスピードも遅かったが、ジェイドはその愛らしい様子を飽きることなく眺めていた。 「もう、いいですか?」 団子3個を食べきったところで満足したらしい様子を見せたウサギに、ジェイドは小さな器に茶を入れて出してやった。それをゆっくりと飲み始めたウサギは、じっとジェイドを見上げる。 「どうかしましたか?」 だいぶ自分に慣れてきたウサギに笑顔で問い掛ける。 「………。」 すると困ったような顔をして、ジェイドの顔を見ては俯くという仕草を繰り返す。 「私は、ジェイドといいます。お見知り置きくださいね。」 するとウサギは嬉しそうに耳を立てた。 「俺はプラチナという。ジェイド、ありがとう。…すまなかったな。」 小さくて愛らしい姿からは想像できないような話し方。そのギャップにジェイドは心の中で笑った。 「プラチナ様ですか。どうぞお気になさらず。私も一人で寂しい所にあなたに来ていただいて楽しかったですよ。」 そう言うとプラチナがぴょこんとジェイドの足元に寄ってきた。 「ここにはお前の仲間はたくさんいるだろうに、それでも寂しいのか?」 服の裾を引いて見上げてくるプラチナにジェイドは苦笑する。 「いろいろ、あるんですよ…。」 ジェイドの言葉にプラチナは俯いた。 「……そうだな…。」 小さい割にどこか大人びた表情を見せるプラチナをジェイドはそっと抱き上げ膝の上に乗せた。 「あなたのお仲間は、いないんですか?」 問われたプラチナはふいと顔を反らす。 「いない…。ここには。」 プラチナの視線の先には黄金色の満月。 何も話さなくなったプラチナをジェイドは家の中に招き入れた。 「もしも行く所がないなら、ここにいてくれませんか?」 ジェイドの申し出にプラチナは青い瞳を見開いた。 「あなたが嫌でなければですけど、部屋だって余るほどありますし、ここなら外敵に怯えずに済みますよ。食事だって…ね。」 それを聞いて初めこそ表情を輝かせていたプラチナだったが、次第にその顔に翳りが見え始める。 「何も気にしなくていいんですよ、あなたは…。ただ、傍にいてくれれば。」 自分に背を向けかけたプラチナを背後から抱きしめて、ジェイドは優しく囁いた。 「でも、俺は……。」 「傍に、いてくれませんか?」 優しく微笑むその奥に、寂しい心を感じてプラチナは自分を抱きしめているジェイドの手に自分の小さな手を重ねた。暖かさが心地よくて、そこから離れることなど思い付かない。 「一緒にいて、くれますね…?」 「………ずっと、傍に…。」 小さく呟いて振り返ったプラチナは、優しく微笑んでジェイドに抱き着いた。 こうして、寂しがり屋のウサギ、一人と一匹の生活が始まった。
〜fin〜
|