うさぎうさぎ 「何でしょうねえ、あれ…。」 ジェイドの目の前、原っぱの真ん中にポツンとひとつ、白くて丸い『何か』が転がっている。気のせいでなければ微かに動いているようなそれに、彼にしては珍しく興味を引かれた。 正体を確かめるために一歩、原っぱに足を踏み入れる。 ガサリ そこまで派手な音を立てたわけではなかった。それでも、白い『何か』はその音を敏感に感じ取り起き上がった。 「……ウサギ…?」 白くて長い大きな耳と銀色の髪に白いマント。ウサギにしては珍しい青い目。 ウサギはジェイドの姿を確認するなり、まさに脱兎のごとく逃げ出した。 「なるほど、それでこんな原っぱの真ん中で寝てたわけですか…。」 穴を掘ってそこに住む種でないことはその姿形からわかった。よりにもよって野原の真ん中という目立つ場所で眠っていたのは、自分を捕まえようとする外敵の接近にいち早く気付くため。 その発達した聴覚はジェイドがそこに踏み込んだ微かな音をしっかりと聞きつけた。そして、あとはその自慢の足で逃げるだけ。 考えていないようで、しっかりと考えているらしいそれに、ジェイドはただ感心する。 「仲間は、いないんですかねえ…。」 ジェイドの頭の中には、ほんの一瞬だけ見ることができた白いウサギの姿。柔らかな銀糸と大きな青い瞳。警戒の表情にはどこか寂しげな翳りがあった。見るからに普通のウサギではない姿をしていたのだから、仲間はいないのかもしれない。 「捕まえてみましょうか。」 なぜそんな気持ちになったのかはわからないが、それはジェイドの気分を高揚させた。まるで子供のような発想であるそれを、珍種を『保護』するという大義に置き換えてジェイドはその原っぱ周辺を探索し始めた。 「何やってるんですか?ジェイド」 かけられた声は同僚、サフィルスのもの。何か大きなものを抱えて呆然とこちらを見ている。 「探し物だ、気にするな。」 彼を無視して探索を再開しようとしたジェイドだったが、サフィルスが立ち去る素振りを見せないのに気付き仕方なく顔を上げる。 「何だ?」 「いえ、これをあなたに持っていこうかと思ったんですけど…。」 抱えているそれを指したサフィルスに、ジェイドはひとつ息をついて通りに戻った。 「で、何だこれ。」 布が被せられているので中身がしれず、ジェイドは訝しげに問う。 「お団子ですよ。」 「団子…?」 胸を張って言うサフィルスだが、ジェイドにはなぜ今この時に『団子』が大量搬入されるのかがわからない。 「だって、今日は十五夜じゃないですか。」 ……………。 ジェイドの頭の中の辞書が年間行事の項目をめくっていく。今の彼らの生活には全くと言っていい程に親しみのない行事。 「ああ、月見か…。」 返った反応は特に感慨のあるものではなく、サフィルスは意外そうな顔をした。 「あなた、月見るの好きでした…よね?」 彼の記憶の中で、ジェイドはよく酒を飲みながら月を嗜んでいた。 「何だって普段月なんか気にしない奴等がこぞって月見なんぞするんだか…。」 どこか不機嫌なジェイドにサフィルスは笑った。 「ジェイド、いくら好きでもさすがに月は独り占めできませんよ。」 「何のことだ?」 何でもないです、と笑ってサフィルスは木の箱に積んである団子をそのままジェイドに差し出した。 「ちょっと作りすぎちゃったんで、お裾分けです。ちゃんと飾ってくださいよ?」 有無も言わせない勢いでそれを押し付けるとサフィルスは元来た道を帰っていった。 「仕方ない、帰るか…。」 ウサギのことは心残りであるが、一度人に見つかった場所は危険とみなしてどこか遠くへ行ってしまったのかもしれないと考えて家までの道を歩き出した。
〜continue〜
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