お月様 3 「そういうことですか、あなたが私の作ったお団子を食べたがるなんておかしいと思ってましたよ…。ウサギさんが食べるためだったんですね。」 サフィルスの視線はジェイドの膝の上に座っているプラチナに注がれる。 「―――――ッ!!」 途端に身を固くするプラチナにサフィルスは苦笑した。 「もう酷いことはしませんからそんなに怯えないでくださいね。」 伸ばされた手にプラチナは身を丸める。 「そんなかわいこぶってもムダに決まってるだろ。お前の本性見たんだからな。」 煽るような物言いに見事に引っかかったサフィルスは向かい合わせのソファから立ち上がった。 「本性だなんて、そんな誤解されるようなこと言わないでくださいよ!!さっきは秘密を守るために仕方なく…!!」 「バカ、黙れ!!」 ジェイドの声にサフィルスは慌てて口元を押さえる。 「…………ジェイド?」 いつもと様子の違うジェイドにプラチナは首を傾げた。 「何でもありませんよ、プラチナ様。それより、先程のあなたの姿…。」 プラチナがピンと耳を立てた。 「あれが元々の俺の姿だ。この世界にいるならきちんとしたウサギの姿の方が良いだろうと思ってこうして小さくなっているんだが…、何かおかしいか?」 首を傾げた愛らしい姿を眺めながら、ジェイドとサフィルスは苦笑する。その姿で『普通の』ウサギのつもりだったのだろうか、と。 「さっきのは双子の兄上だ。アレクサンドルというのが正式な名前だが、普段は皆アレクと呼んでいる。」 「ウサギ、なんですね…?」 「ああ、ウサギだ。」 ジェイドの問いかけにプラチナは頷く。 「それにしても、大きくなってもしっかりと耳がついているんですね〜。」 先程のプラチナの姿を想像して、ジェイドは内心苦笑していた。『危ない趣味と言われそうだ。』と…。 「ウサギに長い耳がついているのは当然だろう??」 キョトンとしているプラチナと、ジェイドの内心を読み取って苦笑を禁じ得ないサフィルス。 「それで、先程の兄上様がウサギの国の王様なんですね?」 コクリと頷くプラチナ。 「兄上が出てきてしまったから、今日の月は真っ暗だ…。」 プラチナの言う通り今夜は新月だった。 「……月にあるウサギの国に、ウサギの王様…、御伽噺みたいですねぇ〜。」 サフィルスの言葉を聞きとがめたジェイドが言葉を発するより早く、サフィルスは口を開いた。 「アレク様可愛かったですね…。」 うわ言のようなサフィルスの言葉に、ジェイドが青褪めた。 「お、おい、サフィルス…?」 どこか遠くに思いを馳せている同僚に、ジェイドは恐る恐る声をかける。 「私も欲しいです、可愛いウサギ…。」 ジェイドが危惧していた通り、見事に爆弾が投下された。アレクを救うために駆け出そうとするプラチナを、ジェイドはマントを捕まえて引き戻す。 「お前、本気か…?」 夢見心地な表情で語っているサフィルスだが、どうやら本気らしい。 「可愛かったじゃないですか。大きな赤い瞳と金色の髪…。子供らしい明るさといい……。」 うっとりとしているサフィルスの顔を見て、プラチナは先程自分を追いかけていた時の彼から感じたものとは違う寒気を覚えていた。 「プラチナ様、今日はここまでにしましょうか。こいつ、こうなるともう手がつけられないんで…。」 ビクビクと怯えるプラチナと、遠い世界に行ってしまった同僚とを見比べて、ジェイドはため息まじりに言う。 「わ、わかった…。」 その言葉に安堵したようにジェイドを見上げたプラチナの笑みは、見事にひきつっていた。 サフィルスを屋敷から追い出した後、ジェイドはプラチナを抱いて自室へと向かった。 ベッドと向かい合わせになるように置いた椅子にプラチナを座らせて、ジェイドはプラチナの視線の高さまで身を屈めた。 「もう一度、あの姿になってくれませんか?」 その言葉にプラチナは首を傾げる。 「なっても構わないが…、気持ち悪くないか?」 この辺りにいるような『普通の』ウサギとの違いをプラチナは気にしているらしい。 「綺麗でしたよ…。」 「え?」 囁くような声で言われてプラチナは思わず聞き返していた。 「すらりとした体も、今より大人っぽい顔つきも、銀色の長い髪が揺れる様も。全部…。」 プラチナの頬に手を滑らせてジェイドは笑んだ。 「―――――ッ!!」 頬を赤らめて顔を反らしたプラチナを抱き上げ、膝の上に乗せて自分と向かい合わせにしてジェイドは微笑む。それから逃れることなどプラチナにはできなかった。 そっと唇が重なり、離れるとプラチナはジェイドの膝の上から飛び降りた。 「お前が望むなら…何でも、どんなことでも叶えたい…。」 銀糸が広がり、青い瞳がジェイドを見つめる。すらりと伸びた腕が差し伸べられる様子に、ジェイドは立ち上がりプラチナを抱きしめた。 「あなたを、愛しています…。」 「うぅ〜〜。何で俺って何やってもダメなんだろう。」 橋の下で丸くなっているのはアレクだった。プラチナと同じように普通のウサギサイズになっている。 「今度こそ俺が守ってやろうって思ったのに、逆に邪魔しちゃったよ〜〜!!」 頭を抱えたアレクの背を優しくさする手があった。 「――――――!!」 驚き飛び退ったアレクの目の前には、プラチナを追いかけていた縞縞。 「何だよ、お前!!」 プラチナをいじめていた相手をアレクは睨みつける。 「ここは寒いですよ…。うちに来ませんか?」 にこりと微笑まれて、アレクは毒気を抜かれてしまった。 「お前、さっきまでプラチナのこといじめてたじゃん。」 アレクの鋭い視線の意味を知ったサフィルスは困ったように笑った。 「すみません。ちょっと誤解がありまして…、彼のことを敵だと思ってしまったんです。ジェイドから全部聞きましたから、もうしません。」 強引に触れようとはせずにアレクに向かって手を伸ばす。ギリギリで届かない距離。アレクは少し考えた後、サフィルスの手に自分の小さな手を重ねた。 「ありがとうございます。あなたは本当にお優しいですね…。」 自分を抱き上げて歩き出したサフィルスをアレクは見上げた。 「お前、名前は?」 「サフィルスといいます、アレク様。」 「…さ………?」 首を傾げたアレクにサフィルスは笑った。 「『サフィ』とお呼びくださいね。」 「うん、わかった!サフィ、これからよろしくな。」 腕の中で笑うアレクにサフィルスは幸せそうに微笑んだ。
〜fin〜
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