お月様 「プラチナ様、今日は昼頃からサフィルスが来ますから。いつも通り隠れていてくださいね?」 その言葉にプラチナはコクンと頷いた。 今は朝食真っ最中で、プラチナはデザートのラカの実を美味しそうに口に運ぶ。その手には大きすぎるのか、フォークを普通に持つことができずにぎゅっと握り締めている様が可愛らしい。 「今日は休みなのか?」 優しい眼差しを一身に受けながら、プラチナは首を傾げる。 「いえ、それが…。あいつは休みなんですがね、俺は急ぎの書類があるそうなので。」 その言葉にガッカリしたような顔をするプラチナにジェイドは喜びを隠しきれない。 「俺がいないと寂しいですか?」 笑いながら問い掛けるとプラチナは一気に顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。 「俺は寂しいですよ?あなたに会えない時間はずっと…。」 真剣な声音で言うとプラチナは長い耳をピクリと動かしてそろそろとジェイドの方を見る。 「―――――俺も…、寂しい…ぞ。」 ジェイドの望む通りの言葉を返したプラチナは、そう言った後で恥ずかしさのあまり撃沈する。 「それはよかった…。」 テーブルに沈んでいるプラチナの頭をなでてやり、ジェイドは片づけを始める。それを見たプラチナは自分の分の食器を抱えて椅子から飛び降りた。フォークがぶつかり合う音がするが、食器は木製なので割れることはない。家事の手伝いをしたいと言ったプラチナのために用意したものだった。 初めて食器運びを手伝ったときは散々だった。プラチナは自分の背よりも高い椅子に座っているので、食器を持ったままそこから飛び降りねばならなかった。 『あ、待っ…!!』 ジェイドの制止も間に会わず、食器を抱え得意げにピョンと椅子から飛び降りたプラチナの腕の中でぶつかり合った食器が割れた。 『ぁ……。』 その音にビクリと体を震わせ、そして恐る恐る腕の中の惨状を覗き込み、次いでジェイドを仰ぎ見る。 『怪我はありませんか?さ、早くそれを置いて、危ないから離れてくださいね〜。』 プラチナの手から食器を受け取り、その手に傷がないことを確かめるとジェイドはひとつ息をついた。 『怪我はないですね、よかった…。』 笑ったジェイドが割れた食器を片づけるためにキッチンへ向かおうとすると、クイッと服の裾を引かれる感触がした。 『プラチナ様…、どうかしました?』 下を見ると俯いたプラチナが服の裾を握り締めている。 『………さぃ…、ごめんなさい…。』 顔を上げたプラチナは青い瞳を潤ませている。 『ええと…?ああ、コレですか。構いませんよ食器くらい。お手伝いしようとしてくださったんでしょう?』 割れた食器を一度置いてプラチナの頭をなでてやる。 『俺はいつもジェイドに何かをしてもらってばかりだ…。何も返せない…。』 呟くプラチナを抱き上げる。 『前から言ってるじゃないですか…、あなたがいてくれるだけでいいって。まだ、わかりません?』 ジェイドの言葉に首を振り、プラチナはぎゅうっと抱きついた。 『それでも、できることなら返したい…。俺にできることなんて全然ないけど、でも…!! 』 言い募るプラチナの額に口付けてジェイドは笑った。 『それじゃ、プラチナ様にもお手伝い、してもらいましょうね…。』 その日のうちにジェイドは綺麗な造りの木製の食器を揃えて買ってきた。これならプラチナが飛んでも、転んでも割れることはまずない。 今日もプラチナはその腕に食器類を抱えてキッチンまで行き、それをジェイドに手渡して『お手伝い』を終えた。 得意げなプラチナの後ろ姿にジェイドは必死で笑いをかみ殺す。 本当ならわざわざプラチナに手伝わせるよりも自分でやった方が効率がいいのだが、それでもあえてそれをやらせるのはジェイド自身が楽しいからだった。 「本当に、可愛い…。」 食器を洗い片付けを進めながらプラチナの様子を盗み見ると、彼はお気に入りのソファの上でひなたぼっこをしていた。 「―――――ッ!!」 そうやってよそ見をしていたのが悪かった。洗いたてのナイフがジェイドの指先を掠った。 「ジェイドッ!!?」 ウサギなだけに耳聡いプラチナが一目散に駆けてくる。 「なんでもありませんよ。ちょっと切っただけですからすぐに…。」 治癒魔法を施そうとしたジェイドの手をプラチナがつかみ、傷口に口付ける。 『………。』 プラチナが何かを小さく呟いたのがわかった。するとみるみるうちに傷が塞がっていく。 「治癒…魔法……?」 今更ではあるがプラチナはウサギである。例え姿が普通のそれとは違っていても、本人が言う限りではウサギという種族に類する生き物のはずだった。 人型の生き物よりも劣っていると世間一般ではそう称されているウサギなどの小動物が、人型の生き物でも難しい魔法を容易く使ってみせたのにジェイドは驚愕した。 「痛く…ないか?」 首を傾げるプラチナをまじまじと見つめて、ジェイドはウサギの王国の王子が普通とは違う特殊な存在だと再認識する。 「ジェイド…?」 不安げな様子で問い掛けてくるプラチナに、ジェイドは微笑んだ。 「ありがとうございます。おかげさまで、全然痛くないですよ。」 その言葉に安堵したらしいプラチナはパタパタと音を立てて元いたソファの上に戻っていった。
〜continue〜
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