何みて・・・? 2



何みて・・・? 2




「ジェイドのあほう…。」
ベッドに転がりながら呟く。最後の失敗は確かに自分がやったことだった。しかしそれをわかってはいても、思いきり笑われたプラチナはとにかく拗ねていた。
「アイツがあんなことしなければ、俺だって失敗しなかったんだ…。」
呟くと先程の光景が鮮明に甦ってくる。
「――――――!!」
頭まで布団を被って、それを忘れようと勢い良く頭を振る。
繰り返しているうちにプラチナは眠りの世界に落ちていった。

『それじゃ、プラチナ様。さよならです。』
初めてジェイドに会った原っぱでそう告げられ、プラチナは目を見開いた。ジェイドはいつもと変わらぬ笑顔で告げて振り返りもせずに歩いていく。
「やだ、ジェイド…行くな!!」
必死で追いつこうとするプラチナには目もくれず、どんどん先を歩いていく。
「ジェイドっ!!!」
叫んでその服の裾に取り縋る。
『何です、あなたは私なんて嫌いでしょう?私は意地悪ですからねえ…。』
今までは自分の目の高さにまで屈んで話してくれていたジェイドが、冷たい目で見下ろしてくる。
「違う、違う!!嫌いなんかじゃ…。」
瞳に涙をいっぱい浮かべてジェイドを見上げる。
『ああ、そうですか。それはありがとうございます。』
そう言ってプラチナの目の高さにまで屈み、ジェイドはプラチナの頭に手を置いた。誤解が解けたのだと表情を和らがせたプラチナを、ジェイドの冷たい視線が貫く。
『それでもね、私はいらないんですよ、あなたなんて…。』
ショックが大きすぎてその言葉を理解できない。頭の中でその言葉がぐるぐる回っていた。
動けなくなったプラチナを一瞥して、ジェイドはさっさと行ってしまう。
「ジェイド……、ジェイ、ド……。」
原っぱに座り込んでプラチナは一人泣きじゃくっていた。
知っていたのだ自分は『いらない子』なのだと。ただ、ここに来てジェイドに会って、初めて必要とされたからそれが嬉しかった。大好きな人と争わないで済むように故郷を出て、辿りついたこの場所で…。
「ジェイド…。」
もう見えない後ろ姿に必死で手を伸ばした…。追いかけようとしても足が何かに絡まったように動かない。
「…ジェイド……!!」

ドサッ

全身を襲った痛みで目を覚ました。
「ん…?…夢……?」
ほっと息を吐き、足に絡まっていたシーツを睨み付ける。
夢の中でジェイドを追いかけようとした自分を邪魔した犯人。裂けてしまうのではないかと思われるほどの勢いでそれを足から剥ぎ取った。
「何て、夢だ……。」
浅い呼吸を繰り返し、未だバクバクいっている心臓の辺りの衣服を掴む。
青い瞳から涙が一筋零れた。
窓から射し込む光は月明かりに変わり、一日を寝てすごしたらしいことがわかる。
シンと静まり返った部屋の中に一人でいると夢の中での寂しさが甦ってきて、プラチナは部屋を出た。
「……ジェイド…?」
屋敷の主を探して一階に下りたものの、明かりの灯っていないそこに人の気配はない。プラチナは二階に上がってジェイドの部屋をノックした。
「ジェイド?」
返事がないので、そっとドアを開けてみるがそこにもジェイドの姿はなかった。
「下に…いるのか?」
もう一度一階に下りてジェイドの姿を探す。新品の大きなソファにも、中庭にもジェイドの姿はなかった。
「ジェイド……。」
探せる所は探し尽くしたプラチナは途方に暮れて中庭から月を眺めていた。
ジェイドはいつも出掛けるときには必ず声をかけてから出て行って、かならず夜になる前には帰ってきていた。それが、今日は書き置きすらない。
「……俺が、怒鳴ったりしたから…か……?」
確かに怒っていた。自分の失敗を笑われて。それでも、その失敗は自分のせいでもあったわけで、最終的には八つ当たりをした。そう考えてプラチナの思考は凍り付いた。
「俺のことが、いらなくなったのか……?」
夢の中の声が頭に響く。『いらない』と…。
「嫌だ…、ジェイド……。」
耳を塞いでその場に蹲る。
「嫌だ…、ジェイドだけは、ジェイドだけは……返してくれ…。兄上、…助けて……。」
黄金色の光に包まれながらプラチナは必死で願った。大きな瞳からポロポロと涙が溢れてくる。
「………プラチナ様?」
後ろから聞こえた声にプラチナはパッと身を起こし振り向いた。
そこには心配そうにプラチナを見つめているジェイドの姿。
「ぁ………。」
小さく声が漏れる。
「どうしたんです、こんなにぐしゃぐしゃになるまで泣いて…。どこか痛いんですか!?」
中庭に下りてきたジェイドに抱き上げられて、プラチナはさらに涙を溢れさせた。
「ちょっ、プラチナ…?」
渾身の力を込めて抱きついてくるプラチナに驚いたジェイドは、その体を抱き返しながらソファへと移動した。
「……どうしたんです?」
プラチナの小さな体を膝に乗せ、優しく頭を、背中をなでてやり、落ち着いてきたところで問い掛ける。
プラチナは、途切れがちになる声で必死に夢の話をした。そして、起きたときにジェイドがいなくて捨てられたのだと思ったことも…。
「俺があなたを捨てるなんて言うはずないでしょう?まったく、バカですね…。」
優しい声で夢を否定されて、プラチナは幾度も頷いた。涙でぐしゃぐしゃだった顔を濡れたタオルでぬぐってもらうと、プラチナはやっと泣き止みじっとジェイドを見上げた。
「今日は、どこに行ってたんだ…?」
いつもなら一声かけるか書き置きを残すかするはずのジェイドが、今日に限ってそれをしなかったから不安になったのだ。
「時間がなかったんですよ…。まさかあなたがこんなに不安がるとは思ってもみなかったので…。すみません。」
謝られてプラチナは首を振った。
「俺が…、悪かったんだ。勝手に怒って部屋に入ってしまったから、だから言えなかったんだろう?」
耳がしょんぼりとたれ下がっている。
「朝のことに関しては俺が悪いんですよ。あなたが怒るのをわかっててやったんですから。」
頭を撫でてやると、耳がゆっくりと上がっていく。
「今日はね、あれを取りに行っていたんですよ。」
ジェイドが指したそこには、木で作られた子供サイズのベッド。
「プラチナ様、今のベッドのサイズじゃ合わないでしょう?いっつも大きいシーツに絡まって苦しそうだったんで、職人に作らせたんですよ。」
完成が今日だったから取りに行ったのだと、ジェイドはそう告げた。
プラチナは嬉しさのあまりジェイドに飛びつく。
「ジェイド…、ありがとう……。」
その胸に顔を埋めて、プラチナは呟いた。
「喜んでもらえて嬉しいですよ…。」
プラチナを抱いたまま、ジェイドはテーブルまで移動して、そこに置いてあった包みを解いた。
「はい、プラチナ様。口開けてください。」
目の前には小さな団子。
「帰りに同僚に会いましてね。あなたがアイツの作った団子を気に入っていたのを思い出したので、作らせたんですよ。」
それで遅くなったらしい。こんなことなら早く帰ってくればよかったですね、と呟いてジェイドは苦笑した。
「ありがとう。」
プラチナはジェイドの手にある団子にかぶりついた。


プラチナ日記
きょう、ジェイドがあたらしいベッドをくれた。
木のいいにおいがしてふかふかで、きもちよくてすぐにねた。
つぎのひ、ねぼうして…からかわれた……。
それから、あのだんごはさふぃるすというやつがつくっているらしい。
ジェイドのどうりょうでげぼくだそうだ。

ジェイドは、ほんとはじぶんのことを“おれ”という。
あたらしいはっけん。



〜fin〜