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「プラチナ様!!」 ベッドに横たわる体からはほとんど生の力を感じることはできない。小さな手を握ってみるとその体温も随分と失われていた。 「あれから一度も目を覚まさないんですよ……。」 額に乗せたタオルを取り替えるサフィルスの言葉に、焦燥が募る。 「早く、その石を…!!」 ジェイドが振り向くと彼はゆっくりと首を振る。 「想いを伝えるのに特別な力はいらない。」 彼はプラチナに近づくと石を翳した。 「プラチナ、起きなさい。君の大切な人はここにいる。」 意識のない相手に呼びかけるには随分と穏やかな声。今の状況を目にしても態度を崩さない彼に焦れたジェイドは、その手から石を奪おうとする。 「慌てないで。彼の今の状態は病気のようだけれども、そうじゃない……。あなたが呼びかけてあげれば、すぐに目覚める。石の力で無理やり治したところで、何も解決はしない……。」 ジェイドの手をそっと押し止めていた彼は柔らかく笑み石を渡した。 「呼びかけるなんて、さっきもやりましたよ。」 呟くジェイドに彼は首を振る。 「ただ呼べばいいというのではない。心がなければ、何の意味も成さないのだから。」 彼はバルコニーに出ると手摺りに腰掛けて月を見上げた。 「うさぎはね、寂しいと死んでしまうんだよ…。一人じゃ、生きていけないんだ。プラチナもあなたも…。」 「私は………。」 その言葉に引っかかりを感じたジェイドが言い募ろうとすると、彼は首を振る。 「大切なものは多くはない。永遠に失われてから気付いたのでは、遅いんだよ。」 彼の視線の先には苦しそうなプラチナの姿。 「彼を救えるのはあなただけ、あなたのことを救えるのは…、誰だろうね?」 それきり、彼は月を見上げたまま動かない。 「プラチナ様……。」 彼がしたようにプラチナの額の辺りに石を掲げながら呼びかける。ピクリと、白い耳の先が動いた。 「起きてください、プラチナ様。」 殊更甘くなる声、心配を隠すことすらできないジェイドの声にはサフィルスも驚愕するばかりだった。 「プラチナ様。」 呟くジェイドの手に、ひやりとした感触の何かが触れた。ベッドについていた手の、その甲にプラチナの手が重ねられている。そして、ゆっくりと手は動いていきジェイドの指に自分の指を絡めてきつく握り締める。 「ジェ……ドぉ…………。」 薄らと開いた蒼い瞳に涙を浮かべて、プラチナは淡く笑んだ。 それに微笑み返して、ジェイドはその頬に触れようと手を伸ばす。 ゆっくりと 蒼い瞳は閉じられた 「プラチナ…様?」 握り締めてきた手にはもう力はなく、閉じられた瞳から一筋の涙が零れ落ちた。 「まさか……。」 茫然と呟き、ジェイドは恐る恐るプラチナの胸に手を当てた。 彼に触れる度に伝わってくる小さな心音はいつも温かな何かをジェイドに伝え、その心を落ち着けた。子供のような体温の体を抱きしめると、その温もりに独りではないことを感じて安堵した。 止まった鼓動 冷えていく体 失われてしまったという事実を頭では理解していても、心までは追いつかない。 「――――――プラチナ様ッ!!!!!!」 悲痛な叫び声を上げて、小さな体を掻き抱く。それ以上、声を出すことはできなかった。 小さな胸に顔を埋めて、微かにでも生を告げる音が隠れていないかと必死に探す。 「ジェイド……。」 見かねたサフィルスが労るように名を呼んでも、ジェイドは微動だにしなかった。 「あなたが、望んでくれれば…、俺はこの地で生きていくつもりだった……。あなたと共にあることが…、俺の……望みだったのに…!!」 絞り出された言葉を聞いて、サフィルスは背を向ける。取り繕うことすら忘れるほどにボロボロになった同胞を癒すことができぬなら、せめて今はそっとしておこうという彼なりの優しさだった。 「――――――ジェイドの……、傍に………。」 微かな声。落ち着いていながらも、子供のようなそれ。 サフィルスが振り向き、見たそこには青い瞳をゆっくりと開いていく小さなウサギの姿。 ジェイドは、ただ驚き目を見開いている。 「ジェイド……。」 ゆっくりと上がった手が、ジェイドに向かって差し伸べられる。 「プラチナ様!!!!!」 壊れてしまうのではないかと心配になるほどその体をきつく抱きしめたジェイドと、苦しそうにもがくプラチナ。 全てを見ていた『彼』は、溶けるような笑顔を浮かべていた。
〜fin〜
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