十五夜 2



十五夜 2





誰も知らない遠い国。
ウサギの住まうその国には王家がある。
代々受け継がれてきた王国には常に一人の男子が生まれ、先祖達と同様に国を治めてきた。
平和、安息という言葉がぴったりの王国。
しかし、ある日異変が起こった。
今までのどの代でも一人しか生まれなかった王子が、双子として生まれてしまったのだ。
仲の良い兄弟だった。しかし、周囲の側近達は『二人の王子』に対して様々な画策を練っていた。
天真爛漫で柔軟性を持ち、将来的な面においては完璧な王の器を持ちながらも、心と体の発達には時間がかかるという兄。そして、生まれてすぐに国を治められる賢さと力を持っているが、体が弱い弟。
どちらを王に頂くのが国のためになるかと大臣が民衆が騒ぎ立て、仲の良い兄弟は互いを比べられ、競わせられて見えない力に飲まれていった。
そんな最中、王が倒れた。
不安を抱える民衆に兄弟は宣言した。
『共に治めていく』と…。
二人で治めていた世界は優しく平和で、民も満足している筈だった。
しかし、それは突然やってきた。
「王は二人もいらない。絶対者は一人でいい。」
身罷ろうとしていた王が残した言葉。
「力の強く、賢い者が王になり、世界を導くのが世界の決まり。」
二人の王子はすぐさま引き離され、それぞれの元に権力者や大臣達が集った。
『相争わせ、殺しあわせよ…。』
王のその言葉の元に、戦いが始まろうとしていた。
そんな折、兄の王子についていた一人の権力者が弟の元を訪れた。
彼は言った。「戦うことを望まないのなら、身を隠してしまえばよい。」と。そして、自分にはその場所を用意するだけの力があると…。
弟の王子は優しい兄と戦うのが嫌で、その言葉に縋った。言われるままに書き置きを残し、自分の身の証を立てられる物を全て置いて、約束の場所へ向かった。
そこにいたのは手に手に武器を持った兵士達。
「聡明なあなたらしくもない。こんな手に引っ掛かるほどに追いつめられていたのですか?」
全ては罠だった。兄の王子を戦わずして勝たせるための策謀だったのだ。
周りを取り囲まれて逃げ場のないそこで、弟の王子は全てを諦めた。逃げてもこのまま殺されてもどちらにしても二度と兄には会えない。独り寂しく生きていくよりも、今ここで命を終わらせてしまう方が楽かもしれない。そして、自分がいなくなることで兄を傷つけずに済むならば、それも悪くない、と…。
一斉に飛び掛かってくる敵を静かに眺めて、彼はゆっくりと目を閉じた。
『どんなに苦しいことや辛いことがあっても、ずっと、ずっと一緒にいようね。俺たちは兄弟なんだから…。』
頭の中に響いた声に、彼は咄嗟に身を守るための結界を施した。
最初の攻撃は全て防げたものの、敵はたくさんいて、これから次々に襲ってくるであろう攻撃から身を守れるかというと、それは不可能だった。
「俺は、死ぬわけにはいかない。兄上のためにも、自分のためにも……。でも、俺がいるせいで兄上が苦しむのなら…。俺は二度とここには戻らない…。」
追いつめられた崖の上、彼はそう宣言してそこから身を躍らせた。


***

プラチナの唇から紡がれる異国の話を、ジェイドは信じられないような気持ちで聞いていた。
ウサギの国での継承争い。戦いを防ぐために国を離れた弟の王子というのがプラチナの事だと、それを察するのは簡単だった。しかし、聞いたこともない世界の話をされて、それを聞いたままに納得するというのは難しい。
「信じられない、だろう…?ウサギの国なんて…。」
ジェイドに顔を見せぬまま、プラチナは呟いた。
「証明しようにも、身の証を立てられるものは何も持っていない。あるのはこの紋章だけだ…。」
プラチナは自分の首を飾るチョーカーを示した。
「例え、戻りたいと思っても、ここから兄上のいる国までは…遠すぎる。」
ジェイドは悲しそうに言ったプラチナを抱きしめて、その髪に顔を埋めた。
「あなたが、そんな辛い思いをしながらここに来たなんて、全然考えてもみませんでした。御伽噺のようだと、確かにそう思っていたんです。すみません…。」
「………ジェイド…。」
プラチナがジェイドの腕に縋りつくように手を廻した。
「あなたは、王子様なんですね…。」
国を追われた小さく幼い存在に哀れさと愛しさが沸き上がる。
「あなたの国は、どこにあるんですか…?」
最後の疑問を小さく問う。
「月に…ある……。」
静かにそう告げてプラチナは一筋の涙を零した。
「月は治めている者に合わせて輝きを変える…。前までは兄上と交代だったから、金色だったり、銀色だったりしていたんだ。」
プラチナは黄金色の月を見上げて言った。
「俺は、兄上に全て押し付けて逃げてきてしまった…。」
悲しそうなプラチナにかける言葉はなく、ジェイドはそっとプラチナを抱きしめて話に耳を傾けていた。
「前にお前が『銀色の月が好き』って言ってくれた時嬉しかったんだ。銀色は俺の色だから…。でも、俺が逃げたせいでお前は銀色の月を見られない。」
それに、とプラチナは続ける。
「俺のせいで兄上は悲しんでる。俺は兄上を独りにしてしまった…。『一緒にいよう』と約束したのに……!!」
ポロポロと涙を零すプラチナを自分の方に向かせて、ジェイドは優しく笑んだ。
「確かに、兄上様は寂しい思いをしているでしょうね…。」
ビクリと体を震わせるプラチナの頭をなでてやり、ジェイドは首を振った。
「でも、あなたは生きている。きっと、兄上様は喜んでくれますよ。」
プラチナはゆっくりと顔を上げた。
「そう…、なのか……?」
「ええ、そうですよ。死んでしまったらもう二度とは会えませんけど、生きてさえいればまた会う事だって叶えられる。」
優しい声音と表情にプラチナはまた涙を零した。
「また、兄上に会えるか…?」
「ええ、あなたが望みさえすればきっと叶いますよ。」
コクリと頷いたプラチナだったが、また表情を曇らせる。
「でも、お前の好きな月は見せてやれない……。」
それを聞いてジェイドは思わずプラチナに口付けた。
「―――――――ッ!?」
触れるだけの口付けから解放されたプラチナの、驚きに見開かれた青い瞳を覗き込むと、驚くほど穏やかな笑顔を浮かべた自分が映っている。
「俺は確かに銀色に光る月が好きですよ。でもね、俺にとってはずっと遠いところにある月よりも今ここにいるあなたの方が大切です。」
真剣に、穏やかに見つめられそう告げられたプラチナは、不安げにジェイドを見上げた。
「あなたが、好きですよ…。」
嬉しさに涙を耐えながら、プラチナはじっと紫色の瞳を見つめる。いつものようにからかわれているのではないかと、ジェイドの心を読み取ろうと一生懸命に見上げた。
「傍に、いてください。」
そしてその言葉が真実だと気付くと頬を赤く染めて微笑んだ。
「俺も…、ジェイドのことが好き……。」
ジェイドの膝の上に立ちあがって、一生懸命背伸びをして自分から口付ける。

遠い空から星がひとつ流れた。




〜fin〜