はね…る…?




「怖い顔をして、どうかしたかい?」
目の前で柔らかな微笑を浮かべている人物に、自然と眉を寄せるジェイド。そんな様子のジェイドを眺めながら、彼は不思議そうに首を傾げた。
「確認をさせていただきたいことがたくさんありましてね…。」
向かい合わせのソファに腰掛けた状態で相対する三人。ジェイド、サフィルス、そして謎の青年。
ジェイドの隣に座るサフィルスも、心持ち緊張気味に彼を見つめた。
「確認、何を?」
その表情からしてふざけて言っているわけではないと判断をしたジェイドは、額に手をあてひとつ息をついた。
「出会ったときの状況が状況ですからね、あなたの素性に関して詳しく問い詰めることはしませんでしたが…。」
「うん。プラチナが元気になってよかった。」
にこりと笑って言った彼に悪気はない。プラチナの全快を心底喜んでいるのが伝わってくる。だが、話の腰を折られたジェイドにしてみれば、つかみ所のない彼の言葉ひとつひとつが苛立ちに繋がっていく。
「ええ、あなたのおかげですよ。それでですね、ひと段落したところで、次に浮上してくる問題が、あなたの素性なんです。あなたは『プラチナ様と縁ある者』と名乗った。確かにそれは信じましょう。プラチナ様があなたを見たときの反応を考えれば知り合いであることは疑いようがない事実でしょうし、何よりその姿が本物である以上否定する要素が見つからない。」
彼は、ホワホワとしか形容のしようがない空気を周囲に纏いつつジェイドの言葉に頷く。
「ですが、こちらはあなたの名前も知らないんですよ。『縁ある』のその縁に関しても何も聞いていない。プラチナ様はこの世界に自分の仲間はいない、とそう言っていましたしね。」
「そうだね。プラチナは私がここにいることを知らなかったから。心細かったろうに…。」
悲しそうに瞳を伏せる彼。
「とりあえず、名前をお聞かせ願えますかね?」
ジェイドの言葉に彼はニコッと笑った。
「それはダメ。」
あっさりと返された言葉にジェイドは呆気にとられている。
「何故です?名前くらい、いいじゃないですか。」
ジェイドの言葉を引き継いだサフィルスに彼は首を振る。
「名前はダメ。それ以外ならば答えられると思うけど。」
「じゃあ、歳は?」
彼は瞳を瞬かせて視線を宙に泳がせた。
「………覚えてない。」
「ご家族は?」
間を空けずに問うと彼は顎に手をあてて考え込む。
「………家族は…、兄のようで姉のような、弟とか妹っぽい兄弟が一人。後はいないよ。」
微笑む彼にサフィルスは一度顔を俯かせた。
「年令不詳で、家族構成は兄のようで姉のような、弟とか妹っぽいご兄弟が一人……。あなた、質問に答える気、あります?」
顔を上げたサフィルスのおどろおどろしいオーラと視線に、彼は僅かに怯えたような顔をする。
「ちゃんと…、答えていない…かな……?」
体の引けている相手に、サフィルスはわざとらしいため息をついて見せた。
「じゃあ、私からの最後の質問です。あなたが本来あるべき場所、そしてあるべき姿は?」
彼は深く考え込んでいるようで、目を閉じ顎に手をあてて固まっている。
「あるべき場所は、天上、月、奈落で、あるべき姿は、天使だったりウサギだったりこのままだったり…。」
「ふざけてます?」
言葉を遮って彼の目の前まで移動したサフィルスは、彼の薄い肩をソファに押さえつける。
「ふざけてはいない…と、思う。」
サフィルスに怯えるところまで一緒だと、その様子を傍観していたジェイドの視界に愛しい銀色が入り込んできた。
「ジェイド、…サフィルス!!その人をいじめるな!!」
ギュッと瞳を閉じてプラチナは精一杯の大声で叫ぶ。特に、彼を押さえつけているサフィルスに対しては、近くにあったクッションまで投げつけた。
「………人に向かって物を投げるなんて、悪い子ですね。」
不機嫌全開中のサフィルスにひと睨みされ、プラチナは必死で虚勢を張りつつも一歩一歩後退していく。
「プラチナ…。」
サフィルスから逃れた彼は、小さなウサギを抱き上げて頭をなでてやった。
「ありがとう。私は大丈夫だよ、いじめられてない。今、彼らとお話をしていたところなんだ。」
サフィルスは怖いけどね、と小さく呟いた声を耳聡く聞きつけたサフィルスの視線に苦笑しつつ、彼はプラチナを下ろした。
「心配ないよ。だからアレクと遊んでおいで。」
プラチナはコクリと頷いてアレクがひなたぼっこをしている庭へと駆けていった。
「大した懐きようですね。」
彼らのやりとりを見ていて面白くないのはジェイドだった。例え身内だからといっても、プラチナの絶大な信頼を得ている彼に嫉妬を禁じ得ない。
「やきもちだね。私は別に構わないけど、プラチナにあたったりしたらダメだよ?あの子の中で、あなたは一番なんだから。あなたに冷たくされたら、簡単に死んでしまう。そういう生き物だからね。」
ふいに真剣味を帯びた声音で話す彼の空気が変わった。逆らう事のできない大きな力の波動。その凄まじい威圧感にサフィルスも沈黙している。
「教えてください、彼は、プラチナ様は一体……。」
皆まで聞かずとも理解したらしい彼はにこりと笑って、外から聞こえてくる声に耳を傾けた。
「彼らは、ウサギ。ただし、見た目でわかるように普通のウサギじゃない。彼らは自分の一番大切な人の願いを叶える力を持っている。月にのみ住む、特殊なウサギなんだ。」
信じられないような気持ちでそれを聞いた二人は黙ったまま、自分のウサギを思った。
「願いがあるなら、彼らに願いなさい。彼らは、自分の持つ力を知らないけれど、間違いなく叶えることができるからね。奈落の崩壊でも天上での富みでも…。ただし、願いはひとつだけ。その力を使う事は彼らにとっては大きな負担になる。願いが大きければ大きいほど、彼らを消耗してしまう。」
諭すように話した彼が、その視線をジェイドに向けた。
「さあ、天使。何を願う?」
問いかけにジェイドは首を振った。
「今は、何も。いろいろと考えたいことがありますのでね…。プラチナ様のことも含めて。」
「私も、今は……。願い事は確かにありますけど、アレク様にそれをお願いするかどうかはわかりません。」
二人の答えに彼はにこりと笑って頷いた。
「―――――ところで、お伺いしたい事があるのですが。」
元の通りの穏やかな表情を浮かべた彼に、ジェイドが不敵な笑みを浮かべる。
「何?」
首を傾げる彼の目の前に片膝をついて恭しく礼をとった。
「天上の、いえ、この世界を統べる者であらせられるあなたが、どうして奈落の城に忍び込み盗みを働いていたのかと…。」
ジェイドの言葉に彼はビクリと肩を震わせ、サフィルスは驚愕し立ち上がった。
「ちょ、ジェイド!!まさか……!?」
「そのまさかだ。あの力、世界に対する知識、威圧感。どう考えても他にはありえない。……そうですね?」
彼は黙ったままジェイドを見上げていたが、諦めたように瞳を伏せて小さく息をついた。
「まさか、そんな曖昧なものを理由にされるなんて思わなかった…。そんなにおかしかったかな……?」
心底困ったというような彼に、ジェイドは笑った。
「一応天使ですので、敬愛すべきお方の波動を感じ取ることができるのですよ。言ってしまえばただの勘ですけどね。」
「知らないフリ、していればよかった…。」
ジェイドの策略にかかり自らの身分を明かしてしまった彼はがっくりと項垂れた。やっと一矢報いることができたジェイドはニヤリと笑う。最終的に勝利を収めた事で先程までの苛立ちは解消された。
「それで、何をしていらしたんです?」
問われて、彼は視線を泳がせる。
「それは……。」

「サフィッ!!!」
「ジェイド!!!!」

屋敷の入口の方から聞こえてきた声が切迫した事態を伝える。名を呼ばれた二人は躊躇う事なく大切な相手の元へ駆けつけた。
「出てきたね、裏切り者。それとも天からの御使いとでも呼ぶべきかな?」
目の前には側近の数人のみを従えた奈落王ベリル。
「やはり来ましたか…。」
舌打ちしたジェイドに静かな視線が注がれる。
「おやおや、いつもお忙しいジル殿にまでお来しいただいて…。私の評価も中々のものですね。」
軽口を叩くジェイドを眺めてベリルは笑う。
「そりゃあそうさ。天使というのは元々魔力に優れた種族だからね。一般の兵士なんか連れてきても無駄死にさせるだけだろう。」
ベリルの言葉が終わると同時に、彼らの前に出てきたのはルビイとロード。それぞれ剣とナイフを構えて間合いをとる。
「さあ、今のうちに石を返すんだよ。そうすれば、牢に放り込む程度で許してあげるからね。」
ルビイとロードの後ろにジルが立った。奈落王の側近であるこの三人の、攻撃・防御力共に極めて高い陣形は現在まで無敗を誇っている。
「さて、どうしましょうかね…。」
ジェイドとサフィルスの二人はそれぞれ腕に自分のウサギを抱いているため、まともに戦える状態ではない。しかし、これまでの彼らの行動の理由を考えれば、そう簡単に石を渡す事などできなかった。
「仕方ないね…。」
その言葉と共に、鋭い音が空を切った。ロードの手から放たれたナイフ。そして剣を振りかぶったルビイが二人に襲い掛かる。
魔法の防御を張ろうとした二人の目の前に、金と銀が舞った。
ギィンと金属のぶつかり合う音が響いて、ナイフは地に叩き落され、ルビイの剣は青銀の刃に受け止められた。
大切な相手を守るため、彼らは一瞬のうちに姿を変えそれぞれの武器を手に敵となる者に対峙した。
「な、何だ!?こいつら!!?」
困惑の声を上げるロードに、鎌を振り上げたアレクが飛びかかる。
「さっきまであんなにちっこかったのに、一体何なんや!!」
プラチナと剣を交えているルビイもまた、動揺を隠し切れずにいる。
「サフィをいじめるヤツは許さないからな!!」
「ジェイドは傷つけさせない……!!」
激しいぶつかり合いを無言で眺めていたジルが腕を掲げた。すると、そこには水が集い始め激しい濁流が生まれる。
「…………。」
動き回る彼らを見据えて、両者が離れる一瞬の隙にそれは繰り出された。
「させません!!」
一瞬にして散らされた水の魔法に、ジルは軽く目を見開く。
「私たちもいることをお忘れなく、ジル殿?」
魔法の一撃で邪魔する者を消そうと目論んでいたジルを阻んだのは二人の天使。プラチナとアレクを危険な人物の視界から隠すように立ち、不敵に笑ってみせる彼ら。
こちらでは魔法の押収が始まろうとしていた。

「まさか…、あの姿……。彼らは………。」
茫然と呟くベリルの視線は戦いに身を投じているウサギの兄弟に注がれている。アレクの金色の髪が、プラチナの青い瞳がベリルの悲しい記憶を呼び起こす。
「そうだ、石を…。あれを取り返さないと、僕は……。」
ベリルが狙いを定めたのはジェイドだった。石を持っている可能性が一番高いのは彼である。
『水よ……!!』
周囲を焼くかのような激しい閃光が迸る。刃のように輝く硬質な水がジェイドに襲い掛かった。いち早くそれを察知していたジルは援護するように魔法を放ち、防御の方陣を組み始めていたサフィルスを弾き飛ばす。
「――――あぁッ!!」
「サフィ!!」
屋敷の壁に叩き付けられたサフィルスにアレクが駆け寄った。
「敵に背中なんて見せんじゃねえよ。」
躊躇うことなくその背に投げつけられたナイフ。
「アレク様!!」
サフィルスの鋭い声が響いた。

「ジェイド!!」
一斉に襲い掛かる水の魔法。巨大なそれは方陣を組んでも防ぎきれるものではない。かといって迂闊に避けてしまえば待機しているジルに大きな隙を見せることとなる。ジェイドに許された選択肢は、ただひたすら守りに徹することだった。それすら、ベリルの思うつぼだとわかりきっていることだが……。
「――――――くッ!!」
一度目の攻撃を防いだだけで、必死に張った方陣は綻びかけている。そこに第二波が襲い掛かった。方陣を組み直すだけの余裕はない…。
「ジェイド!!!!!」
崩れた方陣を破り襲い掛かってきた水の刃とジェイドの間に銀色が飛び込んできた。刃に背を向けたまま、ジェイドに抱きつく。
「プラチナ様!!」
対峙していた場所から、一瞬にして移動したプラチナに敵であるルビイですら驚きを隠せない。
「なんなんや、アイツら……。」
その視線の先では銀色のウサギが水の刃の餌食になろうとしている。

「―――――プラチナ様!!」

「アレク様ッ!!!」

悲痛な声が響いた。



『やめなさい。』


静かに響いた声。その一言で全ての攻撃が、魔法が無効化した。
戦いに疲れた兄弟は小さなウサギの姿に戻り、大切な人の腕に抱かれ眠っている。
「アレク様、よかった……。」
呟いたサフィルスはアレクの金色の髪を梳いて、小さな胸に顔を埋める。
「プラチナ様……。」
愛しいぬくもりに安堵したジェイドはプラチナを抱く腕に力を込めて、その額に口づけた。


「まさか……。」
ベリルは声のした方に視線を当てたきり動かなくなった。
何も知らないロードやルビイさえも一瞬にして戦意を失ってしまう。慈悲・慈愛、そういったあたたかい感情が込められたような声。
そして、言葉を発するだけの行為で攻撃を収めてしまえる程の力。
「久しぶりだね、ベリル。」
屋敷の中から姿を現したのは、長い銀色の髪を持つ青年。先程、ジェイドによって『神』であることを暴かれた彼だった。
「やっと出てきたと思ったら、おいしいところだけ持っていきましたね…?」
皮肉るジェイドに肩をすくめて彼は苦笑した。
「知り合いだったものだから、どうやって姿を見せようか迷っていたんだ。」
「それで出遅れた……と?」
彼の言葉にサフィルスも呆れたような顔をしている。
「アレク様を助けていただいたのはありがたいですけど……。」
素直に礼を言う気になれないのは、やはり無理からぬことだろう。
二人は背後の壁にウサギの兄弟を寄りかからせて立ち上がった。
「どうして、あなたがここに…?」
動揺しきりのベリルに、彼は笑って見せた。
「この石が全く騒ぐことなく持ち出されたのだから。多少考えれば犯人もわかったのではないかな?」
ベリルはその目に怒りの色を上らせて彼を睨みつける。
「なぜ、今更あなたが…!?」
非難の色を強く表した声。
「それは………。」
言葉を濁す彼にベリルはさらに詰め寄った。
「あなたが、あなたが彼を連れていってしまうから、だから僕は引き止めるために奪ったのに!!石さえ僕の元にあれば、きっと戻ってくると思って!!」
激昂して叫んだベリルは言葉を切り俯いた。
「―――――それなのに…。」
「すまない…。君がセレスを大切に想っていることは知っていた。でも、彼のいるべき場所はここではないから…。だから連れ帰るときに君が起こした行動も咎めようとは思わなかった。大きな力を持つこの石を手にすることによって、君が少しでも幸せになれるならそれでいいと……。」
ベリルに向かって伸ばされた手は、乾いた音を立てて弾かれる。
「幸せになんて、なれるはずがないじゃないか…!好きな人のいない世界で、永遠に生きて…どうやって幸せになれって言うんだ!!?」
一瞬にして編まれた攻撃魔法が無防備に身を晒す彼を襲った。
「……………。」
我が身を庇う動作すら見せずに彼は魔法に包まれる。
中央に集中した光が弾けて消えた後には何もなく、ただ静寂のみが広がった。
「……………。」
「そんな……。」
姿を消した神。その恐怖にジェイドは言葉を失い、サフィルスは地に膝をついた。
「………ぁ……。」
それを行ったはずのベリルも震えている。


『まったく、何をやっているんだい、君たちは。』

ふいに空が輝き、そこから声が降ってきた。
「この…声は………まさか…。」
ベリルは呟いてそこから降りてくる天使の姿に一歩ずつ後退していった。
羽根が、長い髪が風に靡く。
静かに地に降り立ったのは闇色の髪と瞳を持つ天使だった。六枚の羽根がふわりふわりと揺れる。
「久しぶりだね、ベリル。それに……。」
ジェイドとサフィルスに視線をあて、彼は笑った。
「セレス様……。」
サフィルスがその名を呟く。
「ご苦労だったね、君達…。神の石を奪い返した、この功績は大きいよ。」
ゆっくりと歩み寄ってくるセレスに言いようのない不安を感じて二人は黙り込んだ。
「さあ、石を渡すんだ。」
「セレス様!!」
ベリルの声にセレスは視線だけをそちらに向けて、興味がないと言わんばかりに逸らす。
「何だい、ベリル。今僕は忙しいんだ。君の相手なら後でしてあげるからそこでおとなしく待っているんだよ。」
否とは言わせない言葉の強さにベリルは俯き口を閉ざした。
「どうしたんだい?君たちは僕の命に従ってその石を奪い返したんだろう?それを僕に渡さないと君たちの任務は終わらないよ?君たちの望む報酬だって渡せない。」
再び近づいたセレスに、二人は身構える。
「残念だよ。優秀な天使をせっかく褒めてあげようと思ったのに…。」
セレスの掌に光が集まり始める。それが強力な攻撃魔法の方陣であることはすぐに見て取れた。
「これが最後の通告だよ。石をこちらに渡すんだ…。」
沈黙を守るジェイドにため息をついてセレスはサフィルスに視線を移した。
「君は彼のように愚かではないね?石を、渡すんだよ。」
にこりと笑ってみせるその表情は、まさに天使の微笑み。しかし、それだけでないことは周囲を取り巻く空気の張り詰めた様子から伺える。
「………持って、いないんです。石は…あの方が………。」
「サフィルス!!」
言葉を遮るように言葉を発したジェイドにサフィルスは沈黙し、セレスは怪訝そうな顔をする。
「『あの方』だって……?」
続きを促すような響きを込めた言葉にサフィルスは答えなかった。一歩前に進み出たジェイドがサフィルスの行動を阻んでいる。
「邪魔をするんじゃないよ。まったく不敬極まりないね…。」
攻撃の方陣がジェイドに向けられる。力の増幅を告げる音が鈍く響き光の刃が現れる。
「ジェイド!!」
それを受けるための防御の方陣がジェイドの周囲を取り囲んだ。その後ろには小さなウサギ達。避けてしまえば安らかに眠っている彼らを直撃するだろう。そのことに気付いたサフィルスもまた、重ねあわせるように方陣を張った。
「サフィルス、お前はプラチナ様たちを連れて逃げろ。お前の助けが加わった所で何も変わらない。」
冷たく言い放つジェイドにサフィルスは苦笑を浮かべた。
「本当にあなたって人は、口は悪いし不器用だし素直じゃないし…。」
あんまりな言われようにジェイドがこめかみを引き攣らせる。
「お前……。」
「お守りしましょう。私たち二人で。」
愛しさを込めた視線をアレクに送り、続いてセレスを睨みつける。
サフィルスの目に強い意志を見たジェイドは深くため息をつく。
「お前だって十分不器用だろうが…。」
「死ぬ覚悟はできたかい?ジェイド、サフィルス。奈落の土に還りたまえ。」
増幅した強い光が空に広がり、彼らの足元に濃い影を作る。
「プラチナ様…。」
「アレク様…。」
静かに囁かれた声に、薄茶と白の長い耳がピクリと動いた。
「ジェイド!!」
「サフィ!!」
光に飲み込まれそうな二人を見て、兄弟は駆け出した。せっかくの防御の方陣を内側から突破し、セレスに飛びつく。
「――――――プラチナ様!!」
「アレク様ッ!!そんな……。」
光の中に消えた幼い兄弟の姿に、二人は力を失い地に膝をついた。
あの大きな力の中で小さなウサギたちにどれだけの抵抗ができたのだろうか。そんな絶望感が支配する空間に、無邪気な笑い声が響いた。

「あのね、何回言ったらわかるんだい?魔法の前に飛び出しちゃいけないって教えたじゃないか。」
穏やかなセレスの声。
「ごめんなさぁい。」
元気なアレクの声。
「セレスがジェイドをいじめるから悪いんだ。」
ムスッとした様子のプラチナの声。
「そういえばそうだよ!お前がサフィをいじめるから悪い!!」
収まった光の中央。六枚羽根の天使に二人は抱き付いていた。
「だって、仕方ないだろう。彼らが石を返してくれないんだから。」
困ったように笑うセレスにプラチナは首を振る。
「お前は気が短すぎるんだ。しっかりと話し合えばおんびんに解決することだってある。」
「本当に君は…、どんどん彼に似ていくね…。」
状況がつかめず呆然と立ちすくんでいる周囲など気にもかけず、三人は和気あいあいとした世界を作り出す。
「…………ちょっと待ってください、一体どういうことなんです?」
サフィルスの困惑しきった声に、セレスの胸元にしがみついているアレクが振り返る。
「「―――――――!!」」
その場にいた誰もが一瞬にして確信した。双子のごとく、揃った顔。違うのは目つきと瞳・髪の色くらいだろうか。
「確認、させていただくまでもないんでしょうね…。アレク様と縁のある方。ということで…。」
ジェイドは魂が抜けてしまうのではないかと思う程に深いため息をついた。
「セレスは兄弟なんだ。」
セレスの頭をポンポンと叩くと、ぽふんという柔らかい音がして黒くて長いウサギの耳が現れた。得意げな様子のアレクに周囲は固まる。
「兄上、違うだろう。それではまるで俺たちの兄みたいじゃないか。セレスはあの人の兄弟だ。」
プラチナが指した方向で、サッと隠れた影。
「まさか…。」
「無事だったんですか!?」
ジェイドとサフィルスの言葉を聞き、またプラチナの言った内容を反芻して、セレスは誰かが隠れているであろう場所に向かって歩き出した。
「さあ、出ておいで。逃げるんじゃないよ?逃げたらどうなるか、わかってるね…?」
セレスの言葉に影がビクリと震えたのがわかる。おずおずと顔を出したのは、先程ベリルの攻撃に倒れたと思われていた人物だった。
「やあ、久しぶりだねえ?君……。」
にこりと笑いかけるセレスに、彼もにこりと笑い返す。
「うん、久しぶり………。」
彼の目の前にまで歩み寄ったセレスは、彼の長い髪をグイッと引っ張った。
「いた…ッ、痛い…セレス……!!」
「何が『久しぶり』だい!?一体何年家出していれば気が済むのさ!!!その間仕事も全部さぼって、僕がどれだけ苦労したか…!!」
目の前で繰り広げられる光景に呆気に取られる面々。その中でウサギの兄弟だけがハラハラしながら行く末を見守っている。
「セレス、放せ、痛い、痛い〜!!」
泣き出しそうな声に、やっとセレスは手を放す。乱されてしまった髪を押さえる彼の頭には長くて白い耳。背中には美しい大きな羽根。

『あなたが本来あるべき場所、そしてあるべき姿は?』
『あるべき場所は、天上、月、奈落で、あるべき姿は、天使だったりウサギだったりこのままだったり…。』

先程の会話を思い出したジェイドは、確かに嘘ではなかったらしいその内容をぼんやりと思い出していた。
「帰ろうと、思ったんだ。こんなに長い間留守にしていたら迷惑がかかるだろうと思って。でも…。」
「何だい?」
刺々しい声に、白い耳が下がりきっている。
「セレスが怒っ……いや、苦労をしているだろう思ったから、だから何かおみやげを持って帰ろうと……。それで何がいいか考えて…1年くらい……。」
家出期間のうちの一年はおみやげを考えることに費やされたらしい。
「それで、この辺りを歩いていたらベリルの城を見つけて、この石を持って帰ったら喜ぶかな…と思って……。」
彼の手には薄い紫色に輝く石。
「それで、奈落城に忍び込んだんですか……。」
何とも馬鹿らしい理由に、ジェイドは頭を抱えた。
「セレス、これ、おみやげ……。」
おずおずと差し出された石を受け取り、セレスはそれを掲げてみる。光を通しているような通していないような、不思議な輝きを持つその石は紛れもなく神の石だった。
「その……家出なんかして…、すまなかった…。心配、しただろう…?」
自分よりも低い位置にあるセレスの金色の瞳を覗き込んで、彼は弱々しく微笑した。
「君がいなくなってから、月では代わりの王が立てられたんだよ。でもそいつが愚かでどうしようもない奴で、アレクとプラチナは戦わないといけなくなるし、その結果プラチナは出て行っちゃうし、アレクは『プラチナを救いに行く!』って旅に出るし…。」
呟くセレスに頷きながら、彼はセレスの頭をなでる。
「セレス、すまなかった……。」
申し訳なさそうに言った彼に、セレスは瞳に涙を浮かべながら微笑した。
「大変だったけど…。でも、いいや、君なら……。許してあげるよ。」
屈み込んだ彼を抱きしめて、その肩に顔を埋める。
「おかえり…。」

とりあえずうまくまとまったらしい彼らに、アレクとプラチナはほっと胸を撫で下ろした。しかし、どうもその他の面々にしてみれば腑に落ちないことこの上ない。
「要するに、全ての元凶はあなた方だったということですね…?」
本日二度目のおどろおどろしいオーラ全開サフィルスに、今度はセレスまでもが怯え気味だった。




〜continue〜