15:Home sweet home(おうちへかえろう)

「うーん…」
コノエは木の実の入っている籠を前にして悩んでいた。
籠の中には、たくさんの木の実。
片腕のないコノエは狩りができないので、それはアサトにまかせ、木の実や水などの調達を担当していた。
アサトは腕を気遣ってついて来たがっていたが、コノエは頑としてそれを受け入れなかった。
自分の心配をしてくれる気持は嬉しいが、自分でできることは自分でやりたい。でなければアサトは全て一匹だけでやってしまうだろう。護られているだけの存在になるのは、どうしても嫌だった。

それなのに。

ちょうど収穫に良い時期と重なったのか、森には木の実がたくさん実っていた。
長期保存のきく殻のついた木の実を夢中になって採っていたら、それは籠にあふれんばかりの量になってしまって、片腕で持つには重くなってしまった。
このままでは持って帰れない。少し減らしていこうかとも思ったが、せっかく採った木の実を捨ててしまうのはもったいない気がした。

こんな簡単なこともできないなんて…。

籠の中の木の実を見ながら途方に暮れていると、後ろの茂みから物音がした。
「コノエッ」
現れたのはアサトだ。息をきらし、頬を紅潮させている。
「アサト…?来るなって言っただろ!」
「す、すまない…。帰りが遅いから心配になって…」
しゅんと耳を伏せて縮こまるアサト。コノエは思わず声を荒げてしまったことを、すぐに後悔した。
(最低だ、俺…)
俯き、木の実をぐしゃっと握りしめる。
森にたくさん木の実がなっていたことを教えたら、アサトは驚くかな、とワクワクしながら採っていたのに、自分がこれでは台なしだ。

ふわっと、すぐ横に花に香りが漂う。見ると、アサトがしゃがみ込んで、籠を覗き込んでいた。
「ずいぶんたくさん、採れたんだな」
「ああ…、いっぱいなっている場所を見つけ、て…」
語尾が掠れてしまう。
先が薄茶の耳をふるふると震わせていると、アサトは白い歯をみせて笑った。
「コノエはすごい。俺は生まれた時から吉良にいるのに、そんな場所は知らなかった」
「…アサト」
アサトは純粋だ。本心から言っているのだろう。木の実を手にとり目を輝かせる姿に、コノエは笑みを洩らした。
「でもこんなに多いと、持って帰るのがたいへんだ」
コノエがはっとする。
アサトならば、こんな籠一つ軽々持ち上げてしまうだろう。
だけど、それではだめなのだ。自分でやらないと意味がない。
籠の取っ手に手をかけたアサトを止めようとしたが、アサトは片手でそれを掴んだだけで、コノエを見つめてきた。
「アサト…?」
「一匹では持てない。だから、一緒に運ぼう」
「え…」

二匹で一緒に。

自分だけでやろうとしていたコノエは、それは思いつかなかった。
おずおずと手を伸ばし、取っ手を掴む。
自分だけでは全然持ち上がらなかったそれは、軽々と持つ事ができた。


籠を挟み、横に並んで歩く二匹。
アサトは前を見つめながら言った。
「コノエは俺が一匹で何かをするのを嫌がるけど、俺もコノエが一匹だけで何かをするのは、いやだ」
「……」
「だから、今度からは一緒にやろう」
「…アサト」
コノエは前を向いたままのアサトを見る。
夕日に照らされて赤く染まった横顔は、出会った頃にくらべて随分大人びていた。
「わかった、アサト」
コノエは今までつまらない意地を張っていた自分が恥ずかしくなった。
一匹でできないなら、一匹だけでするのが嫌なら、二匹でやればいいのだ。

自分達は“つがい”なのだから。

「俺が今日見つけた場所、また行こう。一緒に」
「ああ、いっぱい採って、一緒に持って帰ろう」


クスクスと笑いあいながら、黒と鉤の尻尾を絡ませる。
向かうは二匹の暖かい家。




さあ、おうちへかえろう?