猫たちの聖夜  にゃんこたちのクリスマス

吉良の猫となってから、初めての冬のこと。
その日、アサトとコノエの元に一通の手紙が届いた。
差出人はバルド。
ただ「宿代オマケしてやるから泊まりにこい」と書いてあるだけで、いったい何の用があるのかさっぱり分からなかった。
コノエは少し悩んだものの、色々報告もしたいし久しぶりに会って話をしたい。藍閃にはトキノもいる。
そう告げると、アサトも「コノエがそう言うのなら」と笑顔で頷いた。

簡単な旅支度を整え、外に出ると寒かった。冬なのだから当り前だ。





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久しぶりに訪れる藍閃は、やはり猫であふれていた。
猫混みが苦手なアサトは、少し耳を垂れさせた。それでもしっかりとコノエの手を握り、ごった返す猫からコノエを護るようにして歩いている。手を繋ぐのは恥ずかしかったが、はぐれては困るからと言われてしまえば返す言葉もない。
時々、赤の三角帽子をかぶっている子供を見かけたが、何だと思う前に、目的の宿に到着した。
扉を開ければ、受付にはいつものようにダルそうにしているバルドの姿。
バルドが扉を開けた猫の姿を確認すると、その丸みを帯びた耳がピクリと動いた。
「バルド、久しぶり」
「おう、やっと来たな!遅いぞ」
受付から出てきたバルドが、そう言いながらコノエの髪をぐしゃぐしゃと撫でる。
毛を逆立てられる感覚にコノエの尻尾の毛がぶわっと広がった。
「遅いって…、手紙もらってからすぐに来たんだけど。何か用があるんじゃないのか?」
「ああ、ちょっと来い」
機嫌の良さそうなバルドに左腕をひっぱられながら連れていかれた先は、以前コノエとアサトが泊まっていた部屋だった。
部屋を見渡すと、2つ並べられたベットの1つに、何やら袋のようなものがいくつか置いてあった。
よく見ると、それは靴下だった。
計5つの靴下。




黄色に黒の縞模様
オレンジ
赤・青・黄・緑のストライプ模様


『何か』を連想させるような色合い。
特に一番最後のは趣味が悪いというか…あまり考えたくなかった。

靴下を目の前にコノエが首を捻っていると、バルドがアサトに何やら耳打ちをしていた。
何かを言われたアサトの耳がピンと立つ。そして次の瞬間、すごい早さで窓から飛び出していった。
「あんた、アサトに何言ったんだ…?」
「たいしたことじゃない。それより、コレだコレ」
バルドが手に取ったのは、黄色に黒の縞模様…虎模様の靴下だった。
「二つ杖の時代、この時期に“クリスマス”ってのがあったらしい」
「クリスマス?」
二つ杖という言葉に、コノエの耳がピクピクと反応する。
「もともと神様の誕生日を祝う日だったらしいが…まあそれはいい。別の風習もあってな、良い子の元には赤い服をきたおじいさんがやって来て、プレゼントを靴下に入れていくらしい」
それでその靴下か。
「…って、俺は子猫じゃない!」
フーフーと唸り声を上げているとバルドが盛大に笑った。
「はっは、そうだな。でも大人もちゃんとプレゼントはもらえるぞ。大人にはおじいさんは来ないが、近しい者がプレゼントを渡すことになっているんだ。そんなわけで、ほれ」
バルドが靴下をコノエに投げる。慌ててそれを受け止めると、中に何かが入っている感触があった。
取り出してみると、それは銀色のフォークだった。バルドの食堂で使われているものだ。
「もうひとつ。クリスマスってのは、ごちそうを食べる日でもある」
「え…」
「来たばかりで腹減ってるだろう?俺からのプレゼントは、下だ。早く来いよ」
「…!」
ひらひらと手を振って部屋を出るバルドを追い掛けて、コノエも部屋を出た。宿に入った時に漂っていた良い香りの正体は、バルドがコノエのために作ったご馳走の香りだったのだ。
そうとわかると、お腹が素直に空腹を訴えてくる。小走りに食堂へ向かうと、そこにはケーキや鳥肉などの料理が所狭しと並んでいた。
「これ、食べていいのか?」
「ああ、あんたの為に作ったんだから、好きなだけ食べていいぞ」
そう言われ、コノエは椅子に座ると、先程もらったフォークでクィムが乗っているケーキを取り、口に含んだ。
すごく美味しい。
機嫌よく尻尾を揺らしていると、バルドが先程したようにコノエの頭を撫でてきた。



「他の靴下は今は空だが、部屋に戻る頃には何か入っているかもな?」





**************





すっかり満腹になったコノエは、部屋に戻るべく階段を上っていた。
さすがに食べきれなかったので、それはアサトが戻ってきた時に一緒にたべようと思ってとっておいてある。
(そういえば、アサトはどこに行ったんだ…?)
いつもは片時も離れようとしないのに、珍しい。

そう考え事をしていたせいなのか。
コノエは突然開いた扉を避けられず、ゴンと頭をぶつけてしまった。
「〜〜っ」
「……っ!」
赤くなった額を抑えながら扉を開けた者を見ると、そこには少し驚いたような顔をした白銀の闘牙の姿があった。
「え、ライ?」
「…、……」
久しぶりと思う前に、2匹はその場で固まっていた。
ライがコノエ達の部屋から出てきたからだ。
いつもならドアに顔をぶつけなどしたら「馬鹿猫が」とお決まりの台詞が振ってくるはず。しかしライは珍しく戸惑った様子で、すぐにその場を離れてしまった。
「なんだ…?」
そんな様子に不振を抱きつつ部屋に入ると、ベッドの上にある白い靴下が盛上がっていた。
部屋を出る時はぺたんこだったはず。ということは、中に何かが入っているということなのか。
コノエがその中身を取り出してみると、それは小振りの短剣だった。
余計な装飾のない実用性を重視したデザインで、とても軽い。
そして柄を握ってみて驚いた。これは、左手用の短剣だった。
右利きの猫が多い中、左手用の剣は珍しい。藍閃ほどの大きな街にならあるだろうが、少なくとも吉良では見たことはなかった。
「もしかして、さっきの…」
部屋から出てきた時のライの様子を思い出す。
きっとバルドに言われて渋々話に乗ってやり、プレゼントを入れた所でコノエに出くわし、気まずくなったのだろう。
(柄でもないことをするからだ…)
それでもコノエを想って用意したであろう贈り物は素直に嬉しかった。





**************





陽の月が傾き、街がオレンジに染まる頃になってもアサトは戻ってこなかった。
(何やってるんだ…?)
コノエは宿の屋根に上り、辺りを見回していた。探しに行かないのは、不本意ながら迷って他の猫に手間をかけさせてしまう自覚があるからだ。
宿の近くの道や、付近の建物の屋根にもアサトの姿はない。
子供ではないのだし、何よりアサトは強い。何があるとは思えないのだが、心配なものは心配だ。
しばらくの間、そうして屋根の上にいると、下から自分を呼ぶ声がした。
「…ノエ、コノエー」
コノエが屋根の下を覗きこむと、宿の前でトキノが手を振っていた。
木をつたって下に降りる。
「トキノ!」
「コノエ、久しぶり!元気にしてた?」
「ああ!」
お互いにお互いの肩に鼻を押し付ける。もう挨拶のようになっているそれに、思わず喉が鳴ってしまう。
「コノエが戻ってきてるって聞いて来たんだ。それで、これ」
「え?」
トキノが差し出してきたのは、オレンジ色の靴下だ。そういえば、ベッドの上からオレンジ色の靴下がなくなっていた気がする。
「これ、なんで…」
「え?ああ、ライさんに取ってきてもらったんだ」
…あのライを使うとは、トキノ恐るべし。

トキノからのプレゼントは、暖かそうな毛糸のマフラーだった。
「最近、またぐっと冷え込んできたしね。さっきみたいに屋根の上にいたら風邪ひいちゃうから、これを着けてね」
「あ、ありがとう、トキノ」
どこから見られてたんだろうと、コノエが顔を赤くする。
「アサトさんならウチの店にいるから、心配しなくても大丈夫だよ」
「え!?」
「作りたいものがあるから教えてくれって。少し帰りが遅くなるかもしれないけど、大丈夫だから、ね?」
「あ、ああ…」
居場所が分かり安堵するものの、アサトが何をしたいのか、それがわからない。
一匹で行っているということは、自分には見られたくはないのだろう。

トキノと別れた後、コノエは耳と尾を垂らしながら部屋へと戻っていった。





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部屋に戻ると、奇妙なものが目についた。
赤・青・黄・緑のストライプ模様の靴下が、変な形をしている。
恐る恐る見てみると、小さい靴下に無理矢理何かを詰めた形跡があった。だからこんなに変型しているのだ。
「………」
ツンツンと指先でつつくと、黄色い小さな瓶がごろりと出てきた。
開けてみると、甘い匂いがする。中身はどろりとした液体が入っていた。
何なのかはわからないが、嫌な予感がする。深く考えてはいけない気がした。

次に出てきたのは、赤の細長いケースだった。
中にはどこかで見たことのあるような首飾りが入っている。
しかし、記憶にあるのとは少し違っていた。よく見ると使っている石やデザインは同じだが、色が違っていた。
全くのお揃いではなく、あえて色違い。
何故だか急に、黄色の悪魔が赤い悪魔に「ムッツリ」と言っていたことを思い出してしまった。

次に出てきたのは、青い硝子のペンだった。
「うわ…」
硝子はとても貴重で、その少なさゆえに宝石として扱われていることもある。
細長いガラスの先に細かく溝が掘られており、先に向かって渦巻いている。きっとここにインクをつけて使うのだろう。
字が苦手なコノエが使えるかどうか怪しいが、それはとても綺麗で、持っているだけでも価値のありそうな物だった。

最後に出てきたのは…
「……………!?」
コノエの全身の毛が逆立った。
緑色に光る大きな刺のようなものが、一つ。
わけがわからない。
みちしるべの葉の代わりに使えそうだが、こんなものを枕元においたら、夢見が悪くなる気がした。





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いつの間にか、手元にはたくさんの贈り物。
クリスマスの存在自体を知らなかったコノエは、もちろん何も用意してはいなかった。
もちろん、このまま何も返さずにいるつもりはない。しかし、手持ちは宿代くらいしかない。持っている私物でプレゼントに適しているものもない。
いちど吉良に戻ってプレゼントを用意しようとも考えたが、次に来た時に全員に会えるという確証はないのだ。特にライは。

今の自分ができる事で、感謝の気持を伝える方法はないものか。


ふと、みちしるべの明かりに照らされる、青い硝子のペンが目に入った。





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コノエはごそごそと布の擦れる音で目を覚ました。いつの間にか机に伏せたまま寝てしまっていたらしい。
身を起こすと、ベッドの上で黒い影が揺れているのが見えた。
「アサト…?」
呼ぶと、黒い影がビクリと止まる。
みちしるべの葉を持ち、ベッドに近づくと、黒い靴下を片手に硬直しているアサトの姿があった。
「コノエ…」
しゅんとアサトの耳が悲し気に伏せられる。まるで悪戯を見られてしまった子供のようだ。
「アサト?何して…」
よく見ると、靴下の中に何かを入れようとしていたという事が分かる。
「贈り物を、コノエに見つからないように、この袋に入れないといけないと言われて…」
「贈り物…?」
コクコクとアサトが頷くと、袋に入れようとしていたモノを、コノエに差し出した。
ふわりと漂う、花の香り。
「これは…」
一見ただのペンダントのようにも見える。しかし、その真ん中に埋め込まれているものには見覚えがあった。
透明な板のようなものに挟まれているのは、ひとひらの花弁。
密閉されているのにもかかわらず、変わらず香ってくる花弁など、1つしかない。
「いつも花束ばかりでは芸がないとバルドに言われて…。なにが良いか悩んでいたら、これを思いついた」
花弁だけでは扱い辛いだろうからと、トキノに頼んでペンダントにするのを手伝ってもらって。
「でもこれ、アサトの母さんの形見じゃ…」
「いいんだ」
アサトが白い歯を見せ、屈託なく笑う。
「コノエだから、持っていて欲しい。それに見たくなったらいつでも見れる。俺はずっとコノエの側にいるから」
アサトがペンダントを握るコノエの手に掌を重ね、肩に鼻を擦り寄せる。
アサトとのそれは、いつもくすぐったくて幸せな気分になれる。コノエもアサトの肩に鼻を擦り寄せた。
「ありがとうアサト、大事にする」
そう言うと、アサトは嬉しそうに尾を絡めてきた。

そうやってしばらくじゃれていると、コノエはふと思い出した。
「そうだ、俺もアサトに渡すものがあって…」
コノエは先程までうたた寝をしていた机の上に置いてあった紙を掴み、アサトに差し出した。
「俺、なにも用意できなくて…。だから手紙を書いたんだ」
今だに言葉にして想いを伝えるのは苦手だ。
だけど手紙でなら書ける。プレゼントにはならないだろうが、皆には感謝の気持を、アサトにはこの想いを伝えたかった。
アサトが紙を受け取り、開く。
目の前で読まれるのは恥ずかしく、コノエは忙しなく尾を揺らめかせた。
「………」
「…………」
「………………」
しばらく沈黙が続く。
やがてアサトは顔をあげると、困惑気味に言った。
「コノエ………、読めない……」
「………!!!」
コノエの尾が逆立った。
「す、すまない、まだ字を読むのが苦手で…」
毛を逆立てたことに、コノエが怒ったと思い込んだアサトが慌てて謝罪をしてくる。
しかしコノエは怒ったのではなく、悪い予感が的中したためにショックを受けたのだ。
コノエの字は、自他共に認めるほど個性的で、その暗号のような字を解読するのは困難だ。
昔と違って、アサトはある程度は字が読めるようになっている。だから字が読めないのではなく、字になってないから読めないのだ。
「い、いや、アサトが悪いわけじゃない…から」
「すまない…。でも、コノエが俺のために書いてくれたのは嬉しい。大切にする。必ず読めるようにする」
「……うん」
心から嬉しそうに言うアサトにコノエの顔も綻ぶ。
いつか手紙に書いたことを、言葉で伝えられるようになればいいと。





他の手紙は、ライが泊まっている部屋のドアの隙間に、宿の受付カウンターの上に、トキノの店のポストに。
悪魔達へは……適当に置いておいたら無くなっていたので、受け取ってもらえたらしい。

白と虎の猫は難解な文字らしきものに苦悩し、赤毛の猫は慣れたもので問題なく読み。
青の悪魔はこの日ばかりは少しだけ嬉しそうな感情を見せ、他の赤、黄、緑の悪魔達は文字が解読できなくとも悲哀の悪魔との温度差を感じ取って、腑に落ちない様子だったという。