宣戦布告 4

朝、欠伸をしながら食堂へ入ったバルドは、テーブルの上にある見知らぬ物に首をかしげた。
テーブルの上にあったのは、可愛らしい花瓶と、それにいけられている小振りな花束。昨日まではなかったものだ。
「あ、バルド、おはよう」
先に厨房に入っていたコノエが顔を出す。コノエは花を凝視しているバルドを見ると、クスリと笑みをこぼした。
「それ、アサトからもらったんだ」
「ああ…」
コノエは花を摘む趣味はないし、ライが持ってきたもの…ではない。確実に。アサトはいつも花を摘んではコノエに持ってきているので、今回もそれかとバルドは納得した。
それにしても、とバルドは思う。
自分のつがいは、貢がれることが多くないか?
ゲンさんの差し入れはおいておいて、ライはしょっちゅうコノエに何か渡しているし、アサトも来る度に花を持ってくる。それ以外にも、宿の客に熱の篭った目でプレゼントをされることは数えきれない。さすがに知らない猫からの物は丁重に断っているようだが。
まあ、これだけ愛らしい美猫なのだから、仕方がないといえば仕方がないのだが…。


「あ、ライ、アサト、おはよう」
食堂に、ライとアサトが入ってきた。もちろん偶然一緒のタイミングで食堂に来ただけである。
「何か食べるだろ?」
コノエの問いかけに、アサトは壮大に腹を鳴らし、ライは黙って席に着く。ライはコノエが食事を作るようになってから、食堂で食べる事が多くなった。
「コノエ」
厨房に戻ろうとするコノエをアサトが呼び止める。
「なに?アサト」
「これを」
差し出したのは小さな花束。摘んできたばかりなのだろう、葉には朝露がついていて、キラリと光っていた。
白と薄い黄色の小振りな花々。派手ではない可愛らしい花が、アサトらしいと思う。
ほのかに香る花の香りに、コノエは嬉しそうに笑った。
「いつもありがとう、アサト」
「コノエが喜んでくれるなら、俺も嬉しい」
コノエは何の迷いもなく花を受け取る。
そんな様子を、白と虎の猫は黙って見ていた。


バルドは思う。
コノエはアサトの気持ちに気付いているのかいないのか…。つがいである自分と接する時より無防備になっているのは気のせいだろうか?
以前、アサトがコノエの頬を舐めた時など、「アサト、くすぐったいってば」とクスクス笑うだけで、怒ったりはしなかった。自分がやったら拳が飛んでくるというのに…。(自室では別だが)
アサトの純粋無垢さゆえの役得というものだろうか。



ライは思う。
最近コノエは、依頼で出向いた先の土産は受け取るものの、それ以外の物になると困った顔をするようになった。以前、もらってばかりは嫌だと言っていたからそのせいだろう。
しかし、アサトが持ってくるものは、いつも嬉しそうに受け取っている。…元手のかからない花だからだろうが、どうにも面白くない。かといって、自分が野花を摘んでコノエに渡すなどとは死んでも考えつかない。
黒猫の前では特に無防備な笑顔を見せるのも気にくわない。



そんな2匹の悶々とした視線にコノエとアサトが気付くはずもなく、話は進んでいく。
「あと、これも」
花束の次にアサトが差し出したのは、茎で編んだ小さな輪の上に小さな花が1つついている、花の指輪だった。
「これアサトが作ったのか?器用だな」
コノエに褒められて、アサトが嬉しそうに尾を振る。
「もらっていいのか?」
「ああ、コノエのために、作った」
アサトがコノエの左手をそっと掴む。
「!」
「!?」
その後にすることが想像できた白猫と虎猫の2匹が身を乗り出した。
しかし、その2匹が制止する前に、アサトはコノエの細い指に指輪を通した。

左手の、薬指。

「馬鹿猫!!」
「おい、そりゃあないだろう!!」
「な、なに!?」
ライとバルドに指輪を毟り取られそうになり、コノエが慌てて指を庇いながら後ずさる。
アサトはコノエの前に立ち、牙をむいて2匹を威嚇した。
コノエは左手の薬指に指輪をするという意味を知らない。それはアサトにも言えることで、たまたまはめた場所がそこだったというだけだ。
それは2匹にもわかってはいたが、まだコノエに指輪などを贈ることができていない2匹には重大な事態だった。
「あぁぁ、コノエの“初めて”を…」
「な、なに言ってるんだ!!」
バルドの嘆きに、意味はわからないが変な言い回しをされたコノエは、近くにあったパンをバルドの頭にポコンと投げつけ、厨房に逃げようとした。念のため、消しゴムかわりにつかう古いパンを、である。(食材は無駄にしない)
そんなコノエをライが捕まえようとするが、それはアサトに阻まれた。
「コノエをいじめるな」
「…どけ、奴隷が」
「…殺す!」


食堂で始まった争いに、厨房に身を隠したコノエは頭をかかえる。


たかが花1つでなんでこんな…。


たくさんの猫達に愛されている鉤尻尾の猫の苦労は絶えない。