なによりも甘美なもの
その悪魔は喜悦を司りながらも、激しい怒りを内に含んでいて。
それがたまらなく心地よかった。
再会は偶然だった。
主が呼ばれたため不在で、暇をもてあましたコノエは祇沙へ降りていた。
祇沙を包む怒りの感情が心地良い。
森の中。そのある箇所から強い怒りの風が流れ込んでくる。
興味をもったコノエは、森へと入って行った。
森は虚ろに侵食されていたが、其れがコノエを傷つけることはない。虚ろに翻弄されているのは、弱い猫達だけだ。
茂みをかきわけると、血の臭いがした。
その元を見てみると、2匹の猫がいた。
正確には、1匹の猫と1体の屍。息絶えたばかりなのだろう、どくどくと血を流す猫を抱きかかえた猫が、震えていた。
虚ろによって、生きているほうの猫も全身傷だらけだ。わざわざ森に入るなんて馬鹿なことを…と思いながら猫の視線を辿ると、そこには1体の悪魔がいた。
手には長剣と短剣。
長剣からしたたり落ちる血をうれしそうに舐める悪魔。
この悪魔があの猫を殺したのだろう。
生きている猫は怯えながらも、激しい怒りの感情をみせていた。
おそらく、この2匹は“つがい”だったのだろう。
片割れを殺した悪魔へ向けられる、憎悪。
その感情にうっとりと目を細めていると、悪魔が動いた。
声を上げる間もなく、猫は貫かれた。
猫の生命が絶たれると同時に怒りの感情も途絶え、コノエは不満そうに尻尾で近くの木をはたいた。
その音に悪魔が気付き、ふりかえる。
両方の目が、傷で塞がれていた。
しかし、その目が見開いて己を凝視してるような感覚を覚えた。
「…………コノエ」
慈悲もなく猫を殺した悪魔のものとは思えない、なんともいえない声色。
「コノエか」
その場に剣を刺し置き、ゆっくりと歩み寄ってくる悪魔。
それが喜悦の悪魔だと、以前ラゼルに教えてもらったことを思い出した。
しかし、自分と喜悦は面識がないはずだ。ただの眷属でしかない自分を喜悦が知っているのはおかしい。
…いや、この悪魔は、もっと昔に会ったことがある気がする。
猫の時の記憶は薄れているものの、消え去ったわけではない。
薄い記憶を辿ってもなかなか思い出せず、それなら直接名前を聞いたほうが早いのではないかと思い、コノエは口を開いた。
「アンタ、誰だ?」
「――――ッ」
喜悦の纏う空気が、変わった。
「うぁ……ッ」
ダンッ、と、勢いよく肩をつかまれ、木に押し付けられた。
その手から流れ込んでくるもの。
コノエに対する怒り。
「あ…っ」
自分の首に牙をたててくる喜悦の感情に、コノエは酔った。
それからコノエは祇沙へ降りることが多くなった。
主の世界には、主に許された者しか入れないから。
コノエはわざと喜悦に見つかるように、祇沙へ降りるのだ。
喜悦は必ず現れた。
「コノエ」
背後から呼ばれ、わざと冷めた目で振り返る。
「…なんだよ、“喜悦”」
本当の名前は思い出していた。
けれど絶対に呼んでやらない。
呼ばないことで、喜悦の怒りが増すから。
喜悦が強引にコノエを地面へ押し倒した。
「く…ッ」
背中を強く打ち、息がつまる。
そんな事は気にもとめず、喜悦はコノエの下肢を被う服を引き裂いた。
露になる腿。
そこに刻まれている“憤怒の所有の証”を喜悦は忌々しそうに見つめた。
「っあ、うぅ…っ」
全く解していないそこへ、喜悦が己の熱を突き入れていく。
最初のうちは抵抗があるものの、行為に慣れているそこは、すぐに喜悦を柔らかく包み始めた。
喜悦はそれが気に入らず、感情のままにコノエを揺さぶった。
「は…っ、ぁ………あ…あっ」
ずくずくと突かれる勢いに身体がずり上がる。
喜悦はコノエの細い腰を掴んで引き寄せると、さらに奥へと銜えさせた。
前戯もなにもないまま欲望を叩きつけられるのは、辛い。
しかし中へと直接流れ込んでくる怒りの感情に、痛みより快楽が勝っていく。
主に抱かれる時でさえ、身体はこんな反応はしない。
けれど、喜悦にそれを悟られたりなんて、させない。
「ああぁぁぁ……………っ!!」
抜けそうなくらい腰を引かれたかと思ったら一気に最奥まで突かれ、コノエは達した。
「…や…待…て、まだ…っ」
まだ達していない喜悦は、コノエが精を吐いている最中でもかまわず挿入を繰り返す。
ただでさえ達したせいで締め付けが強くなっている箇所を擦り上げられ、いきすぎた快楽に意識が飛びそうになる。
遠くなる意識を首を振ることで留め、抗議をするように、自分の腰を掴んでいる手に爪をたてた。
「なんだ?一度達したくらいで尽きたわけではあるまい」
喜悦が笑いながら腰を抱え直し、熱を打ちつけてくる。自分の達したものが後ろの蕾に流れ、共に擦られ、ぐちゅぐちゅといやらしい音をたてた。
「はぁ……は…っ…」
それからどれくらい経ったのか。
幾度も喜悦の精を受け入れさせられ、己も限界を越すまで達して。
「ん…っ」
ずる、と喜悦の熱が抜かれていく。塞ぐものがなくなった所からは喜悦の精が溢れ、自分の吐いた精と交じりあい、もうどちらのもので濡れているのかわからなくなっていた。
コノエは腿に白濁が伝う感触に眉をよせながら、裂かれた服を手繰りよせた。
木に手をつき立とうとするものの、足に力が入らず、よろける。
地面に倒れ込むまえに、喜悦の腕がコノエを受け止めた。
「……離せ」
喜悦の胸を押し退け、言い放つ。
以前、意識を失いかけた時に、喜悦がコノエを自分の空間に連れ帰ろうとした事があった。
その時は唸り声をあげながら、必死に抵抗した。
それでは、意味がないからだ。
「…俺はラゼルのものだ。アンタの所なんて、行かない」
わざと主の名前を出し、自分は他の悪魔のものだと主張する。
どれだけ自分を抱こうと、何をしようと、お前のものにはならないと。
ギリ…ッと奥歯を噛み締め、喜悦はコノエの顎を掴み、深く口付けた。勢いに、牙があたって痛い。
そのまま、先ほどの行為ではそのままにしておいたコノエの上着に手をかけ、剥がしていく。
コノエは喜悦の荒々しい感情に陶酔しながら、喜悦の背に手をまわした。
名前を呼んで
全てに応えて
彼の元へ行って
彼だけのものになれたら
幸せかもしれない。
けれど。
自分は悪魔なんだとはっきり認識し、コノエは笑った。
欲望に忠実な悪魔。
祇沙から流れてくる怒りも、主から分け与えられる怒りも、どちらも心地良い。
しかし喜悦から与えられる、執着、欲望、…怒り。
自分にだけに向けられるそれは、何よりも甘美なものだった。
(ライ…)
まだ濡れたままのそこに再び埋められる欲望を感じながら、
心の奥底でだけ、彼の名前を呼んだ。
|
|