| 怪盗Z 2 (軍人さんと役者さん) 
 
 
 
			| 「ジタン、これ何?」 レオンが仕事で使っている書類を落としてしまい拾い集めていた小さいジタンが、その中に紛れこんでいた小さな紙切れに気が付いた。
 やや古ぼけてみえるそれには、九年前の日付と何かのタイトルが印刷されている。そして端の部分が千切り取られていた。
 「…半券、だな」
 「ふぅん…。あ、ジタンの名前が書いてある」
 ジタンが出たお芝居?と小さなジタンが尋ねてくるがジタンはそれに小さく頷くだけで、懐かしそうにその半券を手に取った。
 (なんだ、観に来てたんだ)
 嬉しさに頬が緩み慌てて口元を押さえるが、養い子のジタンはそんな小さな変化も見逃さない。
 きっとレオンとジタンの思い出の品なのだろう。小さいジタンは座っているジタンの背中に抱きつくと、昔話をせがんだ。
 
 
 
 
 
 今にも折れてしまいそうな、細い三日月が浮かぶ夜だった。
 
 部屋の警備をしていた男がどさりと音をたてて倒れ込む。男の手から、お茶の入ったティーカップが落ちた。
 「チョロすぎるだろ…」
 男にそのカップを渡したメイドがそう溜め息をつくと、おもむろに着ている服を脱ぎ去った。
 金髪のメイドが一瞬にして銀髪の燕尾服を着た少年に姿を変える。そしてどこから取り出したのか、たっぷりと布を使った黒のマントをその身に纏うと、目的の部屋に難なく侵入を果たした。
 「…これか」
 ジタンはまっすぐに目的の物がある場所へと足を向けた。部屋の中には様々な美術品が並べられており、その一つ一つは高価なのだろうが、ここまで密集していると却って悪趣味にも思えてしまう。
 パンツをトレードマークにしている家主にそういった美的センスを求めるなんて気は起きないが、これでは折角の芸術品が可哀想に感じる。
 ジタンが手に取ったのは大きなルビーが填められた指輪だった。かつては気高い貴婦人の指を飾っていたのだろうそれは、時の経過にも色褪せない輝きを放っている。
 「今の流行じゃないけど、こういうのはレディが身につけてこそだよな」
 「…そうだな。お前には赤より緑のほうが似合うんじゃないのか」
 「────!」
 背後からかけられた声に、ジタンは身を翻しながら部屋の入口に体を向けた。
 そこには同じ年頃の少年がガンブレードを持って立っている。ここ一年で『仕事場』に頻繁に現れるようになった新人の軍人だ。
 「またお前かよ!」
 「それはこっちのセリフだ怪盗Z。お前の担当は俺なんだから、顔を合わせたくないのならさっさと捕まれ」
 「ジョーダン!…ったくこんなガキを付けるなんて見くびられたもんだぜ」
 そう言うとジタンは袖口からカードを取り出し、その少年────レオンに投げつけた。一部は壁に突き刺さり、レオンに向かったカードはガンブレードの刃によって両断される。歳は若いが、その腕は確かのようだ。
 興味はあるが真っ向から立ち向かうリスクは犯したくない。ジタンはカードを投げた隙に素早く窓際へと移動する。
 目的の物は手に入れた。もうここに留まる理由もないと窓から脱出しようとした、その時。
 
 ダン、と銃声が鳴り響き、手に衝撃が走った。
 「……っ!」
 手が痺れ、持っていた指輪が床に落ち転がっていく。
 レオンがジタンの持つ指輪を撃ったのだと、ガンブレードの銃口からあがる硝煙を見て分かった。
 「お前、丸腰の奴を相手に!」
 「あんなカードを投げておいて何言ってるんだ。それに刃は向けてないし、背中を向ける相手に発砲もしてない。正面を向いてたからな」
 「屁理屈言いやがってー!」
 ジタンはレオンの言い様に毛を逆立てて怒るが、怒りに任せて食って掛かる真似はしなかった。
 指輪を拾う余裕はない。ジタンは己の失態に舌打ちをすると、するりと窓から身を翻して出て行った。
 
 
 
 「ちょっと、何をしてるんだい!!」
 レオンが窓の外を確認していると、この屋敷の主の怒声が聞こえてきた。
 「壁に穴が…!しかも指輪にまで傷がついてるじゃないか!」
 「俺は『盗ませるな』と命じられただけで、壁や指輪に傷を付けるなとは言われていない」
 「ああわかったよ、次から書いておくよ!なんだってここの軍人はこんなに融通がきかないんだ。前に来てた二本角やチョコボ頭といい…」
 涙目になったパンツは、よしよしと指輪や壁を撫でている。レオンは言われたことをしただけだと、しれっとしていた。
 
 
 
 「あー、今日は失敗かぁ」
 屋敷から逃げ出したジタンは、広場の時計台の上に身を投げ出した。固い石できた床にごろりと寝そべり、細い月を見上げる。
 髪の色は金髪に変化し、尻尾も見慣れた色に戻った。その尻尾を揺らしながら、逃した獲物を想う。
 美しい宝石だった。昔から綺麗な物は大好きで、それを眺めている時は独りの寂しさを忘れることができた。
 それにもすぐに飽きてしまい、価値の分かる者へと横流しして次の獲物を物色するのが常だったが、レオンが来てからは盗みに失敗することが増えてしまった気がする。
 
 
 しかし。
 
 
 「楽しかったな…」
 なかなか動機の治まらない胸に手を当て、ジタンはそう呟く。
 盗みは失敗したはずなのに、どんな宝石を見ても沸かなかった高揚感に思わず声を出して笑ってしまう。
 
 歳のわりに頭が固いあの軍人を相手にするのはとても楽しくて、彼をおびき出すためなら特に興味のない獲物も狙ってしまいそうになる。
 
 次に会うのは、予告状を出した時か。
 今度は何を狙おうか。そう思って過ごしていた時に、思いがけない場所で再会を果たす事になった。
 
 
 
 
 
 「げ…」
 『仕事』に向かった先にいた見覚えのある顔に、ジタンは思わずそう声をあげてしまった。
 「?」
 驚くジタンに、レオンは不審そうな視線を返す。目が合い、ジタンは直ぐさま視線を逸らすと、馬車の外に向かって手を振る仕事に戻った。
 
 
 ジタンの本業は役者だ。近々公開される舞台に抜擢されたジタンは、その宣伝に協力してくれる交通課の一日署長として訪れていた。
 簡単なパレードをして軍事施設のテラスから挨拶をするという流れで、よりにもよってレオンがジタン周辺の警備に配置されてしまっていたのだ。
 盗みを働く時にはトランスし姿を変えているのでバレる恐れはないのだが、緊張してしまうのは仕方ないだろう。
 
 パレードを終えテラスへ向かったジタンは、時間になるまでそこで休憩をとっていた。観客にばれないように外を見ると、徐々に人が集まってきているのが見える。
 「疲れたか」
 ぼんやりとそれを見ていた時、目の前にグラスが差し出された。
 中には冷たい飲み物が入っている。それを渡してきたのはレオンだった。これを渡すようにと、警護にあたっている彼に命令が行ったのだろう。
 ジタンはそれを受け取り、口をつけて溜め息をつく。
 「あんた、交通課の人じゃないだろ。こんな仕事させられて災難だな」
 「何故そう思うんだ」
 「えっと…、実践積んでる体つきしてるからだよ」
 レオンが交通課でないことは良く知っている。交通課の人間が怪盗捕獲の担当になるはずがないからだ。
 さすがにそうとは言えず、思わず言ってしまった言葉に苦し紛れの理由をつける。しかしレオンが聞きたいのはそこではない様だった。
 「そうじゃない。まるで俺がつまらない仕事をしてるみたいな言い方が気になっただけだ」
 それに対し、ジタンは「ああ…」と声を沈ませる。
 「だってこれ、ただの宣伝だぜ?それだけの為に軍を使って、軍の人達を拘束してさ。その間に何かあったらどうすんだって思ったんだ」
 (怪盗とかやってる自分が言えたことじゃないけど)
 ジタンのぼやきに、壁によりかかったレオンが考え込む。
 「無駄な時間だと言いたいんだろうが、これも仕事だ。…それに」
 レオンがゆっくりと広場のほうに指を差す。
 「交通課のイメージアップに繋がるし、内部の士気も上がっている。広場に集まっている者達も楽しそうだ」
 「……」
 
 言われて改めてジタンが広場に視線を落とすと、そこに集まる若い男女や老人、子供、休憩時間らしい軍人までもが、今か今かとジタンの登場を待っている。その人々は皆、笑顔だ。
 「生憎、俺は演技に興味がないからお前の事は今日まで知らなかったが…。役者というのは人を楽しませるものなんだろう?俺たちは無駄な事などひとつもしていない。お前も自分の役割を全うしろ」
 「…ナマイキだな、お前」
 
 たいして歳の変わらない男にそんな説教をされてしまうとは。
 
 ジタンは笑いながらその場に立ち上がる。
 この男は己の仕事に誇りを持っているのだろうが、ジタン自身も生半可な気持ちで役者の道を進んでいるつもりはない。
 まだ時間じゃないぞと注意するレオンにジタンは不敵な笑みを返した。
 「いいんだよ、皆を楽しませるのが俺の役割なんだから」
 そう言ってテラスの手すりへと手をかけると、ジタンに気付いた人々から歓声があがる。
 
 その日の『仕事』は大成功を納めた。
 
 
 
 
 「レオン」
 打ち上げから抜け出したジタンが、壁の花のように部屋の隅にいるレオンに声をかけた。
 他の警護の者たちも打ち上げに混ざり浮かれているというのに、本当にこの男は頭が固いというか生真面目というか。
 「俺、今度これの主役をやるんだ。初めてなんだぜ、主役に抜擢されるの」
 「そうか。それは凄いことなんだな」
 素っ気ない返事にジタンが苦笑を漏らし、一枚の紙を差し出す。
 「そうだよ。演技に興味ないとか言わないでさ、一回くらい観に来いよ。いい席やるから」
 「……」
 差し出されたチケットをじっと見るレオンに焦れ、ジタンはそれを無理矢理その手に握らせた。
 そしてすぐに打ち上げに戻っていったジタンを見送り、チケットを見ながらレオンが疑問符を浮かべる。
 
 「何故、俺の名前を知ってるんだ?」
 
 朝に顔合わせをした時に名乗った覚えはない。聞こうにもジタンは他の役者仲間に絡まれている真っ最中で。
 その疑問に答えはないまま、レオンは受け取ったチケットを服のポケットへと仕舞い込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 「その舞台でレオンにプロポーズしたの?」
 「いやいやいや、いくらなんでも順番飛ばし過ぎだろ。あいつが来てたことも知らなかったんだからさ」
 ジタンが或る舞台の千秋楽で、観にきていた恋人にプロポーズをしたのは有名な話だ。もちろんきちんと交際をした上での行動であり、その経緯は語れば長くなる。
 
 「俺がその後レオンに再会したのは…」
 「…あ、それ長い?今度でいいや」
 「おい、ちび。聞けってば!聞いてくれよー!」
 とうに話に飽きていた小さいジタンはさっさと書類を片付けると、その場を立ち去ってしまう。養い親の惚気話はいつも長いのだ。ジタンも、…レオンも。
 だいたい被害にあっているのは聞き上手なジタンのほうで、話を躱すスキルばかりが身に付いていく。
 
 「今日、予告状出したんだろ?そろそろ時間になっちゃうよ」
 「────あ、やべ」
 クローゼットの隠し扉から服を取り出した小さいジタンがそれを投げ渡し、自分もおそろいの衣装を身につけていく。
 
 レオンとジタンの関係はどんどん変わっていったが、レオンと『怪盗Z』の関係は相変わらずで。
 とうに独りの寂しさなど忘れ去っていたジタンだが、レオンとの駆け引きだけは楽しくてやめられなかった。
 
 「…これが楽しいのは、俺も同意だけどね」
 そう言うピンク色の怪盗Zと銀色の怪盗Zが悪戯な子供のように笑い合う。
 
 
 そして今夜も、月夜に黒いマントがはためいた。
 
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