ちぃ嫁冬の陣
夜明けを知らせる朝日がようやくその姿を見せ始めた時間帯。
日が昇らないと一日の活動を始める事が出来ない。冬の朝は特にそれが遅く、急く勤めがなければその分睡眠を貪る事が出来る。
しかしその代償とでも言うのだろうか。安っぽいテントは北風を防ぎはするものの、気温の低下までは遮ってはくれない。これに雨や雪が重なると、明け方に起こされずとも、寒さで目覚めてしまうほどに冷えきってしまう。最も、寒さに眠りを妨げられていたのはこの世界に来てからすぐ、僅かな間だけであり、お互いの体温で暖をとりながら寝ている今は寒さが原因で目覚める事は少ない。
問題はその後だ。
暖かい毛布の外は氷の様に冷たく、またその室温の中に置かれている衣類も氷の様で、毎日の朝の支度が非常になってしまう。
ジタンは毛布の中に服を入れて寝る事を何度も提案してはいるのだが、その度に「服が皺になる」と断固拒否されていた。この男の服装のこだわりに関しては非常に頑固な所がある。
それはさておき。
冬の朝の辛さは、その身がどんな変化をしても変わることはない。レオンの服の中に潜り込んで眠っていたジタンはレオンの起床と共に半ば強引に起こされた。特に予定の無い日は優しくつついて起こしてくれたりするものだが、今日はその日ではなく、レオンは愚図りながら服を掴んで抵抗するジタンを無情にも服から引っぱり出した。こう容赦のない所も変わらない。
「にゃっ…!」
それでも優しく地面へ下ろされたジタンだったが、室内の寒さに毛を逆立てて身震いすると、慌てて自分の服が置かれている場所へと駆けて行った。
そこにはとても小さな燕尾服とマントが丁寧に畳まれている。ジタンはそれをばさばさと広げ、身に纏った。すると今度は服の冷たさに震え上がる。
尻尾を震わせそれに耐えていると、その間にレオンも身繕いを終えていた。今日は朝の見回りをする番なのである。
夜の間に周囲に何か変化がなかったかどうか、それを簡単に確認をしに行く。ほとんど危険がないため、当番の面々は朝の散歩代わりと思っている者も多い。それには身体が小さくなってからもジタンは同行していた。
レオンはいつもの様にジタンを肩に乗せ、テントの幕を開き外へと赴く。テントの中も相当なものだったが、外は段違いの気温であった。
「にーっ!」
吹き抜ける北風に、ジタンは咄嗟にレオンの首へとしがみついた。尻尾をくるんと己の腰に巻き付け、レオンの伸びた髪すらも身体に巻こうとする。
「今日は留守番しているか?」
まだテントの中の毛布は冷えきってはいないはず。レオンはそう言うものの、ジタンはふるふると首を横に振った。「いっしょがいい」そう言わんばかりにレオンに頭を擦り付ける。
そのうちに『暖かい場所』を思い出したジタンがレオンの服の中へと滑り込んできた。いつもはレオンの手のひらの中で睡眠をとり、肩の上に座り移動しているジタンだが、この寒さだけは耐えきれないらしい。こうして服の中を定位置にし出してから一週間ほどになる。
素肌に触れる耳や尻尾がくすぐったかったが、うにゃうにゃと気持ち良さそうな声に、レオンはジタンの好きにさせていた。
現在キャンプ地にしている場所には小高い丘があり、そこから周囲を眺め、確認する事になっている。
レオンは昨夜から火の番をしていたバッツに労いの言葉をかけてから行こうと思っていたのだが、ジタンが入りぽっこりとした腹部のシャツの膨らみを見て「あらレオンさん、ご懐妊?」と下らない言葉を朝から投げられたので、リボルバーを食らわせておいた。ブリザドバレットでないだけありがたく思ってほしいものだと思いながら。
少量の運動を済ませたレオンは、目的地である丘の上へと向かった。朝日が完全に顔を出し、みるみると地上が光に照らされて行く。
見渡す限り、イミテーションの姿などはない。キャンプ地を見ると、今日の朝食の当番の仲間だろうか、バッツと交代し、残っていた火を利用して何やら作業をし始めていた。そろそろ全員テントから出てくる時間だろう。
レオンはその場に座り足を崩した。大きく空気を吸うと、冷たい空気が肺に心地良い。
「にっ」
戦いと隔離された様な静かな時間を楽しんでいると、ジタンがレオンのシャツから顔を覗かせてきた。そしてジタンもまた、大きく深呼吸をする。
ふーっ、と何故か得意げに深呼吸をするジタンにレオンの頬が緩み、胸元にある柔らかな髪と耳に顔を押しつけ鼻先でその感触を味わった。くすぐったいのか、ジタンが可愛らしい笑い声をあげた。
そんな二人だけの短い時間を過ごし、仲間達の元へと帰ってきたレオンは簡単な報告を済ませ、一度テントへと戻った。
朝食の準備が終わるまでまだ時間がかかりそうで、レオンはそれまで武器のチェックをしようと腰を下ろした。それと同時にジタンが服から器用に抜け出し、ジタン用に作った小さい荷物袋をごそごそと漁り始める。
にーにー鼻歌を歌いながらちんまりと座っている恋人…もとい妻に時折視線を向けながら、刃や引き金を入念にチェックしていく。
その中で微量の曇りを見つけたレオンは、胡座をかく膝の近くに置いていた布を手に取った。
その時だ、腹に違和感を感じたのは。
ざらりとしか感触に気付き、レオンは来ているシャツの裾を捲り上げる。すると、中から茶色く固い滓のようなものが零れ落ちた。
(これは…)
手に取ってみて見ると、それは焼き菓子の欠片の様であった。
先日、仲間の一人が息抜きに菓子を作っていたことを思い出す。それをレオンは自分の分をジタンに与えていた。
先程ジタンを鼻でくすぐった時に香った、甘い匂い。
いつもジタンは甘い菓子の匂いを身に纏っているので気がつかなかったが、どうもシャツに潜り込んでいる間に中で齧っていたらしい。成長する為にはたくさん食べる必要があり、いつも何かしらを食べている印象のある仔猫のジタンだったが、だからといって粗相を見逃すわけにはいかない。
レオンはふうっと溜め息を付くと、静かにガンブレードを置いた。そして鼻歌を歌うジタンに手を伸ばした。
「うにゃっっ」
ぺらっと勢い良くマントをめくられたジタンが、驚きその場に飛び上がる。その衝撃で、服の中に隠し持っていた菓子がぽろぽろと床に落ちた。
「にーっ」
ジタンは慌ててそれを拾い上げるが、レオンの視線に気付き耳を伏せる。
「…こんな行儀の悪い事をする奴は、もう服の中には入れられないな」
「に…、に…っ」
そのあまりの宣告に、ジタンは持っていた焼き菓子の欠片を落とすと、レオンの指にしがみついた。
にぃにぃ鳴きながら太い指に顔を押しつけ、尻尾を絡ませる。その鳴き声が「ごめんなさい」の意味合いのあるものだとすぐにわかってしまうレオンは、尻尾が絡んでいるのとは違う指でジタンの顎をすくい上げる。
「謝る時は、どうするんだ?」
「にぃ…!」
そう言われたジタンは、何かを思い出したように垂れていた耳をぴんと立てた。そして小さな両手をレオンに向かって差し伸ばす。求められるままに身を屈めたレオンの顔に手をちょんと当てると、一生懸命背伸びをして、その愛しい唇にキスをした。
ちゅっと小さなリップ音を立てて口を離すと、レオンに頬を撫でられる。その大好きな手に身体を擦り寄らせると、ジタンの喉が機嫌の良い音を出す。
仲直りをする時は、キスを。
それは二人の間ですっかり定着していた。
それから数日。
朝の見回り当番が一周し、再びレオン達の番となった。いつもの様に身支度を整え、冷たい空気の中を歩いて行く。ジタンは相変わらず服の中に潜り込んでいた。
やがて適当な場所を見つけ、腰を落ち着ける。すると動きが止まった事に気付いたジタンが、いつものように襟ぐりから顔をひょっこりと出した。
そんなジタンは甘い匂いを漂わせ、手元に小さな菓子を持っている。それにレオンが眉を寄せると、ジタンは慌ててにぃにぃと弁解をした。おそらく言っているのは「食べてない」。
「分かっている」とレオンは必死なジタンの頭を撫でる。ジタンは一度した約束を違える様な事はしない、そう知っているからだ。
ジタンはほっとすると、その菓子をレオンの口元に差し出した。
二人でこっそり食べようと、持ってきていたのだ。
朝食前に…そう思わない事もなかったが、たまにはこんな悪戯めいたのも良いかとレオンがその小さい菓子にかじりつく。そして残り半分を受け取り、ジタンの口元に持って行った。
結局ジタンがそれにかじり付く事により服の中に滓が入ってしまうのだが、今回は共犯だ。
食べ終わったジタンの口や手に残った滓を舐めとってやれば、ありがとうと唇に甘いキスが与えられる。
そんな二人の、冬の朝の一時。
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