背中を見て淋しくて
兄に対する6のお題05(お題配布元;コ・コ・コ)
レオンが二人を拾う、少し前の話。
気がつけば此処に倒れていた。
それまで、何処にいたかも分からない。何処へ行けばいいのかも分からない。
霞がかった頭にフラつきながら、スコールは見知らぬ地を彷徨っていた。
道もなく、時折茂みから聞こえる獣の鳴き声に怯えながら歩いていた。
やがて、心細さに泣き出しそうになった時、一人の子供を見つけた。
年頃は自分と同じか、少し下か。
ようやく見つけた“人”に、スコールは駆け寄って行く。しかしその子供は近くへ来たスコールに気付いていないのか、地面にぺたりと座ったまま微動だにせず、ずっと空を見上げていた。
緑色の硝子玉の様な瞳に映る、大きな月。
時は夜。木々や岩が開けたその場所からは、月がやけに大きく見えている。
その月を見つめながら、声も出さずに泣いている子供。
スコールはその子供をそのままにしておくことが怖くなり、声をかけた。
『どうしたの?』
『どこからきたの?』
それは何もわからない自分に欲しい答えで。
声をかけられて初めてスコールに気付いたのか、子供はようやくスコールの方へと顔を向けた。月の光を反射する金髪が少し眩しかった。
スコールを認識した子供の、涙で濡れた目に意思らしき物が宿る。同時にぴんと立った尻尾の存在にスコールが驚いていると、その子供はよろよろと立ち上がり、スコールに倒れ込むように抱きついてきた。
そして先程の無感情な姿からは想像もできないくらいの、年相応の幼子のように大きな声を出して泣き始めた。
その尻尾の子供も何も覚えていないらしい。何を聞いても困惑するだけで、欲しい答えを得ることはできなかった。
自分にくっついて離れない尻尾を連れて、スコールは再び歩き出す。
やがて“大きな門”の様な物を見つけた。
中に入れる様だが、外からは中の様子は何も見えない。
入るか入らないか。スコールが悩んでいると、尻尾の子に強い力で引っ張られた。
やっと泣き止んだばかりだというのに、再びしゃくり上げる子供。その尻尾の毛は逆立ち、毛羽立っている。
「どうしたの?」
聞いても泣きながら首を振り、「そっちやだ」と訴えてくるばかりで。
「…入るなってこと?」
怯える子供にそう聞くと、ぶんぶんと首を縦に振った。毛羽立ったままの尻尾が震えながら腰に巻き付いてくる。
「わかった」
スコールは何かの手がかりかもしれない“門”を諦め、その場を立ち去った。
後に、それは“歪み”と呼ばれる危険な場所だと教えられ、スコールはこの時の事を思い出し青くなったものだ。
「おんぶしようか?」
足どりが重くなった子供に、スコールがそう声をかける。スコールも疲れていないわけではない。体格のさほど変わらない子供を背負って歩ける自信などなかったが、元気のない子供にそれしかかけてやる言葉が見つからなかった。
尻尾の子はスコールを見ると首を横に振る。「そっか」と小さい声で返すと、繋いでいる手に力が込められる。スコールもその手を握り返した。
この何もない、知らない場所で、スコールは不思議と落ち着いていた。
それは自分の手を握る、名前も知らない子供の存在のおかげなのかもしれない。
繋いだ手が温かい。自分は独りじゃないと安心させてくれる。
そして、泣いてばかりのその子供を、早く笑わせてあげたかった。
暫く歩き、行き着いた場所は岩の多い所だった。
岩に足を取られ転びそうになる子供をなんとか安全な場所に移動させる。木と岩で隙間が出来ている場所で、スコールはそこに尻尾の子を座らせた。
「僕、このあたりを見てくるから、ここにいて?」
本当は置いて行くことは本意ではなかったが、この子が疲れきっているのは明らかで、これ以上連れ回すのは躊躇われた。
それに離れるといっても、周りも見てくる数分間だけだ。そう思い、その場から去ろうとする。
すると、子供に服を掴まれ止められてしまった。
「…やだ」
「え?」
「……おいてかないで」
擦れた声でそう言うと、子供はぼろぼろと泣き始めた。
感情のない瞳で。
それは初めてこの子供を見つけた時と同じ目だった。
いや、少し違うとスコールが気付いた。
見つけた時は何かを諦めきっていた風だったが、今は切実な必死さを感じる。
「おいて、かないで…」
「…わかった。わかったよ」
スコールを離すまいと必死に縋り付いてくる子供を、スコールも抱きしめ返す。震える身体に、せめて寒くないようにと、風を防ぐように自分の身体を風上に向けて子供を守った。
(おなか、すいたなぁ…)
ここに来てから、水すら口にできていない。
泣いてばかりいる尻尾の子の声が枯れているのは、そのせいもあるのだろう。
(少しやすんだら、水をさがしにいこう…)
そう思いながらスコールは子供をより強く抱きしめた。
この体温がなければ、自分が死んでしまいそうだった。
どれくらいそうしていたのか。
「…どうしたんだ、お前達…」
そうかけられた声に、スコールはうっすらと目を開けた。
朝日の逆光で、声の主が誰なのかなかなかわからなかった。
自分と同じ髪の色をした大きな大人が、驚いたように自分達を見下ろしている。
「…、」
何か言おうとしたが、喉が枯れて上手く声が出せない。
「喉が乾いているのか」
その大人は荷物から筒のような物を取り出し、二つの器に中身を注ぎ入れ、スコールと尻尾に差し出した。
それを必死に飲んでいると、隣で咳き込む声が聞こえた、尻尾の子が慌てて飲んだ所為で気管に入ってむせてしまったらしい。
「そう慌てなくていい。いくらでもあるからな」
大きな手がむせる子供を抱き上げ、その背を撫でてやる。そしてむせない様に水を与えられ、喉が潤った所でようやくその大人の存在に気付いたらしい。
自分を抱き上げる大きな腕に安心したのか、その顔にようやく笑顔が宿った。
スコールはその子供がようやく笑ってくれたことが嬉しかった。
しかし、その笑顔を引き出したのが自分ではない事に、少しだけ胸が痛んだ。
それからすぐに、他の大人達がいる場所へと連れて行かれた。
尻尾の子にそっくりな大人が微笑みかけてくると、優しく頭を撫でてくれた。
スコールはやっと、もう大丈夫なんだと、安堵した。
そして名前を与えられ、“スコール”は“ジタン”と共に、笑い合いながら過ごしている。
もらった名前にすっかり馴染み、ジタンの活発さが当たり前だと感じるようになった頃。
スコールとジタンは喧嘩をしていた。
「もう、ジタンなんて知らない!勝手にすればいいだろ!」
そうジタンを突き放して、その場を去って行くスコールを、周りの大人達を心配そうに見ている。
年が近い二人が喧嘩をするのは珍しい事ではない。
喧嘩をしていると思えば、すぐにまた二人ではしゃぎながら遊んでいる。意地の張り合いが始まる様であれば、親代わりのジタンとレオンが仲裁に入る。
何ということのない日常の光景。皆にはそう見えていた。
スコールと養い親の、三人を除いては。
「…なんか、様子おかしくないか」
一部始終を見ていたジタンがレオンにそう言うと、レオンも黙って頷いた。
スコールと喧嘩をしていたジタンが、その場を動かないのだ。
ただ呆然と、スコールが去っていた方向を見つめている。
いつもの喧嘩であれば、泣きながらスコールを追いかけていくなり、レオンに泣きついてきたりするというのにだ。
スコールもすぐにそれに気付いたらしい。先程までの不機嫌さは何処へやら、急いでジタンの元へと戻ってきた。
「ジタン、ごめんね」
「…スコール…」
息を切らしながら抱きしめてくる腕に、ジタンはスコールの服をぎゅっと掴んだ。
「…おいてっちゃ、やだよ…」
「…うん、ごめんね」
震えるジタンの頭を撫でると、その目に大粒の涙を溢れさせ、声を上げて泣き始めた。
初めて会った、青い月の夜の様に。
泣きつかれたジタンがうとうととし始めた頃、二人を見守っていた両親が子供達の元へと歩み寄ってきた。
「どうしたんだ、ちびは…」
二人にとっては初めて見るジタンの反応。それを知っているらしいスコールに尋ねてみるが、スコールもよくわからないと首を振った。
「…ジタンにはじめて会った時も、あんなだったんだ。ずっとあおいおつきさまを見てて…」
「…青い月?」
その単語に、養い親のジタンがぴくりと反応する。
「それで、さっきみたいにおいてかないでって言われて…」
「………」
スコールの言葉にジタンは何やら考え込んでいた。
やがて、スコールの服を掴んだまま船をこぐジタンの側にしゃがみこみ、その金髪をそっと撫でた。
「ちび、そのままだろスコールが動けないだろ?」
「……」
ジタンはほとんど気を失いながらも、いやいやと駄々をこねる。
「…ジタン。スコールも俺たちも、お前を捨てたりなんかしないよ。目が覚めてからだって変わらず側にいるから、大丈夫だよ」
「……」
ジタンはスコールと挟むようにその小さな身体を包み込み、服を掴む手を離すように促した。
ぎゅっと握られている手に自分の手を重ねると、その小さな手から徐々に力が抜けていく。
そしてジタンに身体を預けるように、ぐったりと脱力した。
「原因がわかったのか?」
「……さあ?」
ジタンの言葉に従った様に見えたため、レオンがそう訊ねるが、ジタンもまたわからないと首を振った。
「ちびはどう見てもジェノムだろ。…俺と同じような経験してなければいいって思っただけだよ」
「…そうか」
レオンはそれだけで察するものがあったのか、そう短く答えただけで、小さな息子を抱えるジタンの頭を自分の肩口へと抱き寄せた。
「…なんだよ」
「べつに」
しれっとするレオンに、ジタンは頬を赤らめて拗ねたような顔をする。
「俺にはお前がいるって…疑ったことなんかないからな」
「当然だな」
「…なんかむかつく」
ジタンはくすくすと笑うと、そのままレオンに体重を預けた。
スコールはそんな両親をじっと眺め、何かを思っている様だった。
「…ジタンが起きるまで、そばにいていい?」
母代わりのジタンの腕の中で眠る小さな尻尾の子の頭を撫でながら、スコールがそう言った。
それにジタンは切なそうに笑う。
「そうしてやってくれ。…ちびにはお前がいてくれて、本当によかったよ」
「……?」
僕が?と分からない顔をするスコールに、ちびはスコールの事が好きだから、と言うと、スコールは顔を真っ赤にした。
「僕も、ジタンのこと大好きだよ…」
「それ、ちびが起きてから言ってやれよ。そしたら仲直りだ」
「う、うん…」
スコールはますます顔を赤くする。恥ずかしがりのスコールには酷な要求だったかもしれないと、二人は可愛い息子を心の中で応援してやった。
数時間後。眠りから覚めたジタンは、手を握ったまま側で眠るスコールに安堵し、大好きな兄に擦り寄ると、再び寝息を立て始める。
今日も小さな二人は、優しい大人達に見守られながら、キャンプ地を走り回っていた。
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