report 1


すでに日が暮れて久しい。しかしまだ床にはつかずに夜の静かな時を過ごす時間であった。それが大人であれば。
静かな空間に、外で焚かれている焚き火のはぜる音が時折聞こえる。
広いとは言えないテントの中に、大人2人と子供が2人。子供は1つの毛布にくるまり、寄り添って寝息を立てていた。
その寝息が安定したものに変わったのを確認し、ジタンが添い寝していた身を起こす。レオンはといえば小さいジタンにしっかり服を掴まれてしまい、まだ暫くは起き上がれそうにもなかった。
そんな様子を見たジタンがため息をこぼす。
「お前はいいよな…。ちびに懐かれてさ」
「…スコールと上手くいっていないのか?」
そう返され、ジタンは神妙な顔になる。そして寝ているスコールの頬を指先でつついた。子供特有の、柔らかな肌。その感触が、よりジタンの表情に影を落とさせる。
「スコールはいい子だぜ。我侭言わないし、言いつけは絶対に守るし、…頭がいいし」
「…そうだな。頭がいいから、自分がどういう状況にいるのか分かってしまっているんだな」



ちび達が此処に来たのは数週間前に遡る。
その日たまたまジタンと別行動をとっていたレオンが、二人の子供を連れて帰ってきた。
右腕に金髪で尻尾の生えた少年を抱え、左手は焦げ茶色の髪をした少年の手を取って。
『お前が産んだのか?』と言うジタンの冗談に気の利いた返事を返す気力もないようだった。
どこから迷い込んできたのか。コスモスが戦士を召喚する際に何らかの形で巻き込まれてしまったのかもしれない。
数は少ないもののイミテーションが徘徊する戦地で、二人は身を寄せ合っていた。本能的に危険を察知していたのか、岩と木の間に小さな体を隠して。スコールはジタンを安全な岩側に寄せ、その身を守るかのように抱きしめ震えていた。
何時からそうしていたのかは分からない。やや薄汚れた子供を目の前にし、見捨てることなどできなかったらしい。
その子供は見れば見るほど、レオンとジタンに瓜二つであった。互いの子供の頃の容姿は知らないが、きっとこんな子供だったのだろうと納得ができるほどに。
堅い表情のままのスコールとは真逆に、小さいジタンは嬉しそうにレオンにしがみ付き登りはじめていた。その気の抜ける光景に苦笑を漏らしつつ、ジタンは「何歳だ?」と声をかけた。
尻尾をぴんと立て振り返った小さいジタンは、親指だけ曲げた手をジタンに突き出す。
「よん!」
自分で年齢を答えられることが嬉しいのか、ジタンはきゃあきゃあ言いながらご機嫌にレオンの頭に乗り始めた。さすがに首が苦しそうであった。
「お前は?」
それまでずっと黙っていたスコールが声をかけられた事に驚き、ビクリと震える。
「…5歳」
小さい声であったがジタンは満足し、スコールの頭を撫でた。優しげな笑顔にスコールは少し戸惑った表情をする。
「じゃあ、名前は?」
その質問に、二人の子供は答えようと口を開き…かけた。しかし言葉が出てこず、?マークが宙に浮かぶ。
「…まさか」
この世界に喚ばれた者は例に漏れず記憶が欠落している。二人は、自分の名前を忘れてしまっているようであった。


尻尾の少年はレオンをキャットタワーか何かだと思っているのか、常にその頂上を狙い、べったりと張り付き。 物静かな少年はジタンの後をついてまわっていた。
その為、必然的に誰が子供の面倒をみるのか役割が決定付けられた。
しばらくの間は「ちび」と呼ばれていた2人だが、いつからか「ジタン」「スコール」と呼ぶようになっていた。
スコールはともかく、ジタンが二人なのはややこしいと仲間には不評であったが、ジタンとレオンは理由は言わないものの訂正する気はなかった。




ジタンに比べ、スコールは大分内向的であった。とはいっても極端に人見知りをするわけではなく、よく大人達を手伝い、可愛がられていた。
時々ジタンと遊んだり大人達を手伝う他は、養い親であるジタンの後ろにくっついている事が多かった。
しかしそれはジタンがレオンに懐くのと同じだとは言い難く。
マントを引かれる感覚にジタンが振り返ると、スコールは慌てて手を離し、何でも無いと言う。
レオンに抱き上げられている小さいジタンを羨ましそうに眺めているが、レオンやジタンが手を伸ばそうとすると、首を横にふって「いい」と言う。



そして、こうやって毎晩寝かしつけるための添い寝にも戸惑いをみせるのだ。



「自分が庇護されてるって、わかってるんだよな」
だから大人に迷惑をかけないように自分を律している。我侭も甘えたいのも我慢して。
ジタンは寂しそうな顔をして、毛布の上からスコールを抱きしめた。起きている時にはさせてくれない接触。
レオンも、すっかり寝入っているスコールの頭を撫でる。
「早いとこきっかけをみつけて、どうにかするよ。俺はスコールの“おかあさん”だからな」




それから数日。関係に特に進展がないまま、拠点を変え、大幅な移動をする事となった。
舗装された道ではない、足場の悪い場所を何時間も歩いて行く。休憩をはさみつつであったが、大人でもきつい道のりをスコールは息を切らしながら必死についていく。
ぜいぜいと呼吸をしながら少しの間立ち止まる。そんなスコールの手を取って歩いていたジタンは、前を行くバッツに声をかけた。
「悪い、先行っててもらっていいか?すぐ追いつくからさ」
「え?いいけどさ…」
バッツが眉を顰め心配そうにスコールを見下ろす。少し先でジタンを抱きかかえて歩いていたレオンも振り返るが、行け、と目配せをすると何も言わず先へと歩いて行った。

仲間達が先へ行った後、ジタンはスコールを適当な岩に座らせ、靴を脱ぐように言った。
「足痛いんだろ。見せてみろ」
「い、痛くないよ」
「大丈夫なら、見せても平気だよな?」
「………」
スコールは諦めたようにうなだれ、ゆっくりと靴を脱いだ。
見るからに腫れ、熱を持っている足首。
ジタンは溜め息をつき、黙って荷物から冷却効果のある薬草を取り出した。
「なんで言わなかった?」
手際良く包帯を巻きながらジタンが訪ねる。いつも優しげな笑顔を向けてくれているのに今は表情がなく、スコールは言葉に詰まった。
「………お前にとって、俺たちは何なんだ?」
「………ごめんなさい」
「謝って欲しいわけじゃない」
手当てを終え靴を履き直させると、ジタンはスコールの隣に腰を下ろした。すぐにまた先に進むのだと思っていたスコールが驚いたように隣のジタンを見上げる。その表情には笑みが戻っていたが、少し寂し気であった。
何か言わないといけない、けれど何も出てこない。スコールが俯こうとすると、その頭は優しく抱き寄せられ、ジタンの胸元に触れた。
「ちびの名前が俺と同じ『ジタン』なのに、どうしてお前だけ『スコール』なのか知ってるか?」
唐突にふられた話にスコールは首を横に振る。
「『スコール』は、レオンの本当の名前なんだよ」
「え…」
スコールがばっと顔を上げる。それはジタンとレオン、双方の名前を子供達に与えたことになる。
「お前達が自分の名前を思い出すまで、な。俺たちは一時的に保護してるだけの子供に名前を預けることなんてしない。そんな半端な気持ちで手元に置いてるんじゃないよ」
そう言い、スコールの髪をぐしゃぐしゃと撫でると、ジタンは岩から飛び降りた。
「………我侭言ったって甘えたって、俺はスコールのこと嫌いになんてならないからな」
振り向かないままそう言うジタンを、スコールが黙って見つめる。反応がない事に「ちょっと難しかったか?」とバツの悪そうな表情を浮かべ、ジタンは頭を掻いた。
向かう進路を見ると、仲間の姿は全く見えなくなっていた。ここに留まり大分時間が経つ。そろそろ向かわねば追いつけそうにもなかった。
「スコール、行けるか?」
足を痛めていては歩くのはキツいだろう。しかし自分で歩くと言って聞かなかった事を思い出し、ジタンがスコールの意思を確認する。
スコールは暫く黙っていた。
やがてぽつりと言葉を漏らす。
「…あし、いたい」
「まあ、そうだろうな」
「…つかれてもう歩けない」
「…スコール?」
岩の上で膝を抱え動こうとしなくなったスコールに、ジタンが驚く。しかしその顔はすぐに破顔した。
「おぶってやるから、行こう?」
「…うん」
スコールに背中を向け、乗りやすいように屈んでやると、その背中に小さな手が伸びてきた。しっかり乗った事を確認し立ち上がると、肩にしっかりと手が回されてくる。
スコールをおぶるのはこれが初めてで、怪我をしているのにこう思うのは申し訳ないと思いつつも、ジタンは嬉しさを隠しきれなかった。
「さっきの話、ちびとレオンには内緒な?ほんとは大人になってから言うつもりだったんだ」
「うん、言わない」
ぎゅうと、回される手に力が籠る。首もとに顔が当たり濡れた感触が伝わってきたが、ジタンはそれに気付かないフリをした。




やがて仲間に追いつくと、ジタンに背負われているスコールに仲間が驚きの声を上げる。
羨ましい、自分もスコールをおんぶしたいという声に「これはお母さんの特権だ」とジタンが逃げてまわる。
そしてレオンの元へ行くと、やれやれと出迎えられた。レオンに抱きかかえられているジタンも、ジタンに背負われているスコールも、長旅の疲れですっかり寝入っていた。
「今回ばかりは俺には無理だったな」
「そりゃそうだろ。スコールは頭いいんだから、レオンじゃ説得できねーって」
「…どういう意味だ」
ムッとするレオンに、そのまんまの意味だよとジタンが笑った。





その日の夜。いつものようにテントの中に大人が2人と子供が2人。
小さいジタンは相変わらず元気にレオンに登ろうとしていた
そんな姿に苦笑しつつ、寝床の準備をしていると、スコールが近寄ってきたことに気付く。
「どうした?」
にっこりと微笑んで聞くと、スコールは少し顔を赤くした。そしておずおずと両腕をジタンに向けて伸ばす。


だっこ。


「………!!!」
控えめに言われた言葉を聞き逃さなかったジタンは毛布を放り投げ、目を輝かせてスコールを抱きしめた。
「レオン、今の聞いたか!?」
スコールが甘えてくれた!と抱き上げた小さな身体に頬擦りすると、スコールが嬉しそうな顔をする。その愛らしさに、ジタンはますます顔を緩ませる。
「お前のそんなだらしない顔は初めて見た」と呆れた声が聞こえたが、今のジタンにはどこ吹く風であった。