あの子の下着事情



 校内にチャイムの音が鳴り響き、それまで静かだった教室が騒がしくなる。
 これから部活動に向かう生徒、友人と遊びに行く場所の相談をし始める生徒、皆思い思いの放課後を過ごしている。スカートの裾から覗く尻尾を揺らしたジタンもまた教科書をカバンに仕舞いながら、これからどう過ごそうかと考えていた。今日は演劇部が休みなのだ。
「あ、いたいた」
 教室の入口から顔を覗かせジタンの元へと駆け寄ってきたのは、同じ学年のユフィだった。クラスは別だが、さっぱりとした性格でジタンと気が合い、親しくしている。
「ユフィ、ちょうどいいや。これからどっか行かね?」
「んーん。今日はやめとく」
「?」
 用事でもあるのかとジタンが首をかしげると、口元をにやつかせたユフィが顔を近付け、ジタンに耳打ちをしてきた。
「校門にジタンのカレシが来てるからね〜。さすがのアタシもカップルの邪魔はしないよ」
 ユフィの物言いに、ジタンは思わず顔を赤らめてしまう。
「クラウドって人使い荒いよね」
「ユフィだけだと思うぞ、それ」
 ユフィが言うには、チャイムと同時に校門に向かった所をクラウドに捕まり、ジタンを呼ぶように言われて校内に戻ってきたらしい。ジタンはそんな使い走りのような扱いを彼にされた事はない。
「じゃあ、クラウドのところ行くな」
「うん、今度また遊ぼうね〜」
 カバンを抱え席を立つジタンに、ユフィはひらひらと手を振って見送った。

 廊下を歩く生徒を避けながらジタンは足早に下駄箱へと向かう。ゆらりと上がりそうになる尻尾に気付き、慌ててそれを下げた。
 いつもより空気が触れる範囲の広い、スカートの中。
 それが落ち着かなくて、今日は一日中そわそわしっぱなしだった。

 靴を履き替え校門に向かうと見慣れた金髪が目に入り、失費がまた上がりそうになる。
「クラウド、と、バッツ?」
 門の影に隠れていたので気付かなかったが、クラウドの隣には彼と同じ大学に通うバッツが立っていた。二人は高校と隣接している大学の生徒である。
「よっ、ジタン」
 人当たりの良い笑顔でジタンに手を上げるバッツに対し、クラウドは僅かに口元を緩ませただけだった。一見無愛想に見えるが、それ以上に愛想のないスコールに慣れているジタンにとっては大きな表情の変化に見えてしまう。ジタンに会えて喜んでいるのだと察し、胸の奥のむずかゆさに落ち着きなく尻尾を揺らした。
「来てたんなら連絡くれればよかったのに」
「それより早くあいつが来たからな」
 あいつというのは、もちろんユフィのことである。
「んじゃ、ジタンも来たことだし、おれは帰るよ」
「え、バッツも一緒じゃないのか?」
 二人で待っていたのだから、当然三人でどこかへ行くものだとばかり思っていた。驚いた様子のジタンにバッツが苦笑する。
「邪魔になるしな」
 ユフィと同じ言葉だ。クラウドと交際を始めてからこうして友人との距離を感じることが時々ある。どちらも大切なジタンは、その瞬間にどうしようもない寂しさを感じてしまう。そんなジタンの心情を察したバッツは、大きな手でジタンの金の髪を撫でた。
「また今度遊ぼうぜ。スコールも誘ってさ」
「……わかった」
 尻尾を揺らしながらそう答えると、わしゃわしゃと頭を撫でられた。しかしその手はすぐにジタンの頭から離れることになる。ジタンが頭上を見上げると、クラウドが無表情のままバッツの腕を掴み上げていた。
「悪い悪い」
「?」
 バッツが何に誤っているのか分からず茫然としてると、バッツの腕を離したクラウドが乱れたジタンの髪を整えてきた。
「行くぞ」
「うん? じゃあバッツ、またな」
 歩き始めたクラウドを追いかけながら、ジタンはバッツに手を振った。バッツはそれに片手を上げて応える。

 去っていく二人の後ろ姿を見つめていたバッツは、クラウドに追いつき、腕に手をまわしたジタンを見てため息をついた。無意識なのだろう、ジタンの柔らかな胸がクラウドの腕に押し付けられている。それが自然にできてしまう関係なのだと思い知らされた。

 ジタンは元々スコールの友人で、スコールを通じてバッツと知り合い、更にバッツを通じてクラウドと知り合った。
 ゲーム好き同士で気が合い、二人の距離がみょうに近いと気付いた時にはすでに遅く、とんでもない伏兵がいたもんだとスコールと項垂れたものだった。
「スコール、まだ学校にいるかなぁ」
 このままっまっすぐ帰る気になれず、バッツはポケットから携帯電話を取り出した。




 普段クラウドはバイクで通学をしているのだが、こうしてジタンと共に学校を出る時は電車を利用している。制服姿のジタンをバイクの後ろに乗せるわけにはいかないからだ。
 駅の近くまで来ると、ほかの学生の姿が目立つようになった。ファーストフードやカラオケなど、目的は様々だ。
「行きたい所はあるのか?」
「そうだなぁ」
 食事、買い物、いっそクラウドの家に行くかと思考を巡らせていたジタンは、ある事を思い出した。
「この近くに新しいネカフェができたんだ。そこに行きたい」
 ジタンにしては珍しい提案だが、クラウドは何も聞かず「分かった」と頷く。二人で行けるならどこでもいいのである。
 ビルのエレベーターに乗り、店の入口へと向かう。店の内装は真新しく、目に優しい照明にリラックス効果のありそうな音楽が流れており、漫画を読みながら寝てしまいそうな雰囲気がある。
「シアタールームって空いてる?」
 店内を見渡しているクラウドに対し、ジタンは慣れた様子で受付を済ませていた。そしてルームキーを手にしたジタンはクラウドの手を引くと、店の奥に向かっていく。パーテーションで区切られている他の席とは違い、ジタンがとった部屋は完全な個室だった。
「大画面テレビに完全防音」
 部屋の説明をしながら、ジタンはち近くにある棚へとクラウドを案内する。
「そして、使い放題のゲーム」
「……!」
 その棚を見たクラウドの表情が変わった。
 レトロゲームから最新式まで、様々なゲームのハードやソフトがずらりと並んでいたのだ。
「つまり」
「対戦で騒ぎ放題」

 二人の共通の趣味はゲームである。
 クラウドはこの素晴らしい施設を見つけたジタンを絶賛した。共同フロア内なので、静かにこっそりと。


「あーっ、また負けた!」
 持っていたコントローラーを放り投げたジタンがそう叫ぶ。対戦に負けたジタンが呻き声を上げる度に、ここが防音の部屋で良かったと、投げられたコントローラーを受け止めながらクラウドはしみじみ思った。
「ほんと、手加減ないよな」
「いつでも本気だからな」
 バッツの物言いを真似てそう言うと、ジタンは尻尾で床を叩きながら「カードなら負けないのに」と肩を落とす。連戦連敗とはいえ、ジタンは決してゲームが下手なわけではない。気を抜くとすぐに負けてしまいそうだとクラウドは心の中で賞賛を送った。
「別のにしようぜ、もう」
 このゲームで勝つ事を諦めたジタンは、ソフトを変えようとテレビの側へと這っていく。
 身体のバランスをとるために天に向いて持ち上がった尻尾。
 ゲーム中もせわしなく動いていたためちらちらと中は見えていたのだが、短いスカートは完全に捲り上がり、完全に丸見えになっている。クラウドはそれに目を逸らす───ことはなく、普段はスカートの下に隠れている尻尾の付け根や小さな尻を、興味津々に見つめた。
「……?」
 己に向けられる視線に気付き、ジタンはゲームソフトを変える手を止めた。顔だけ後ろを振り返ると、クラウドに見つめられていることに気付く。そしてその視線の先を辿り、そこで漸くスカートの中が空気に晒されている事に気付いた。
「ぎゃーーっ」
 ジタンは持っていたゲームシフトを投げ、慌ててスカートの端を手で押さえた。
「店の物をそんなに投げるな」
 そう言いつつもクラウドの視線は固定されたままである。
「ご、ごめん……って、気付いてたなら言えよっ」
「言ったら隠されるからな」
「うう……」
 クラウドは顔を真っ赤にしてスカートを押さえているジタンの元に近付き、放られていたゲームソフトを拾う。それをケースに戻すと、その場に座り込んだまま固まっているジタンの腕を引っ張った。ジタンはされるがままにクラウドの膝の上に乗せられる。
「見覚えのある下着だった」
「だから余計に見られたくなかったんだよ……」
 視線を逸らしながら俯くジタンにクラウドは首をかしげる。なぜ恥ずかしがるのか分からないからだ。

 スカートの中から見えた下着。それは以前クラウドがジタンに贈ったものだった。




 以前クラウドから渡された袋の中身を見た時、どんな顔をしてこれを買ったのだろうと、ジタンはやけに冷静になった頭で思ったものだった。
 中に入っていたのは上下セットの女性下着である。サイズを教えたことなどないはずなのに、ジタンにぴったりのサイズの。
「店の前を通りかかった時に、似合いそうだと思ったから」
 ふと目に留まった下着が自分のかわいい恋人に似合いそうだったから。表情を変えることなくそう言いのけたクラウドは、同じように涼しい顔をしてこれを買ったのだろう。ささやかなラッピングが施されており、プレゼントだと店員さんが察してくれたのがせめてもの救いである。初めてのプレゼントが下着だということに、クラウドが周りの女性陣にひんしゅくを買っていたことはジタンは知らない。
「今日は体育とか着替える授業がなかったから、こっそり着けてきたんだよ……」
「だから尻尾を気にしていたのか」
「う……」
 今日一日、いつにも増してスカートが捲れないように注意を払っていたのだ。最後の最後に気が抜けしまい、この有様だが。
 ジタンが居心地悪そうにスカートを押さえていると、あろうことかクラウドはそのスカートの端を摘まんで捲ろうとしてきた。
「お、おいっ」
「見たい」
「もう見ただろっ」
 完全個室とはいえ、ここはネットカフェの中である。そんな所でするようなやり取りではない。それでも捲ろうとしてくるクラウドと攻防戦を繰り返した結果、クラウドは諦めたのかスカートから手を離した。それにジタンはほっと息をつく。
 そこに隙が生まれた。力の緩んだ手を押しのけられ、スカートがぺらりと捲られてしまった。
「ぎゃあっ」
「やっぱり似合ってる」
 自分の見る目に狂いはなかったと、クラウドは満足げに頷いた。
 青緑色の生地に花のモチーフのレースがあしらわれている。再度は紐状になっていて足の付け根がスースーして落ち着かないが、後ろでクロスした紐の間から尻尾が出せるので、なかなか使い勝手はいいのだ。
 ここまではっきりと見られてしまっては、もう抵抗しても意味がない。ジタンは諦めてクラウドの好きにさせることにした。
(でもこんなに喜ぶんなら、もっと前に見せてもよかったな)
 クラウドに肌を見せる経験がないわけではない。いつもは別の下着を着けていたのだ。
「……っ」
 前の布地を指で撫でられ、ジタンの身体がびくりと震えた。敏感な場所に触れられたわけではないのに、布越しに触れてくる指がやけにくすぐったく感じる。思わず目を瞑ると、熱くなった頬に唇が触れるのを感じた。
「あ、こらっ」
 下肢から手が離れたかと思うと、その手が今度は胸に触れてきた。胸元にあるリボンのスナップボタンを起用に外すと、シャツのボタンに手をかける。三つほどボタンを外され、開いたシャツから見える、柔らかな胸の谷間。わずかに見える下着は下とお揃いの青緑色である。それを見たクラウドは満足そうに口元を緩めた。
「ニヤついてんぞ」
「つくなと言われるほうが難しいな」
 尻尾でクラウドの背中を叩いても素知らぬ顔である。
 クラウドの指が胸元の素肌に触れ、軽く押されるとその指は柔らかな膨らみに僅かに食い込む。
「ん……」
 胸と下着の間に指が滑り込み、ジタンはくすぐったさに首をすくめた。
 そこまでは良いのだ。ただの触れ合いの範囲内であるから。しかし、ジタンの身体を支えていた方の手が露になっている太腿を撫で上げてくると、その手を制止させようと焦り始めた。
「ちょっと待てっ」
 クラウドの腕を掴んでやめさせようとするが、その手は止まらず、太腿から足の付け根まで肌の感触を楽しむように擦ると、布地の少ない下着の中へと侵入した。軽く臀部を掴まれ、ジタンの尻尾の毛がぶわりと逆立つ。
「ひゃっ……」
 すっかり下肢に気を取られていると、前に屈んだクラウドがジタンの胸に唇を押し付け、柔らかな皮膚に赤い跡を付け始めた。
 明らかに性的な意図を持つ動きに、慌てたジタンはクラウドの背中を何度も尻尾で叩いた。
「だ、だめだって、ここではダメっ」
 胸に埋められた顔を必死に押しのけると、ようやくクラウドの動きが止まった。
「……店にバレたら、出禁になる」
 個室とはいっても、ここはホテルではない。万が一汚しでもして店員に知られてしまったら、もう二度とここへは来られなくなる。最高のゲーム環境が奪われてしまうのだ。
「仕方ないな……」
 ふうとため息をついたクラウドが、漸くジタンの身体から手を離した。急いで服を整え始めたジタンを残念そうな目で見つめてくる。
「あんまり悪戯が過ぎると、もうこれ着て来ないからな」
 未練がましいクラウドの視線にジタンはそうぼやくと、クラウドは困ったように己のあごに指を添えた。
「なら別のを買ってくる」
「………………」

 そういう問題ではない。
 ジタンは尻尾で床を叩きつつ、次からはもう少し尻尾の動きに注意を払おうと決意するのだった。