或る朝の出来事
自分の身体に起きた変化に気付いたのは、朝のことだった。
スコールとは別行動をとっているため、テントの中にいるのはバッツとジタンだけ。先に起きたのはジタンだった。
(なんだよ、これ……)
状況が飲み込めないままジタンは毛布を抱きしめる。抱きしめる腕に当たるものが柔らかいのは、毛布だけのものではなかった。
胸が、大きく膨らんでいる。
その重さのせいなのか息苦しさを覚え、ジタンは目を覚ましたのだ。
そっとシャツの襟元から中を覗くと思った通りのものが見え、慌てて毛布を抱きなおす。これが自分のものでなければ福眼であったというのに。
まだ下は恐ろしくて確かめていない。バッツが目を覚ます前にどうにかしないととぐるぐる頭を悩ませていると、隣で空気が動くのを感じた。
「……」
「………」
ジタンは冷や汗をかきながら隣を見ると、案の定バッツが起き上がってこちらを見ている。
「はよ、ジタン。なんで毛布なんか抱えてるんだ?」
「いやー、ちょっと…」
絞りだした声の質は以前と大きな変化はない。このまま誤魔化せないかと毛布を抱えながらバッツから離れようとした時、バッツに肩をつつかれてジタンは尻尾を逆立てた。
「ジタン」
あぐらをかいて座ったバッツがにっこりと笑いながら己の太ももを叩く。こっちに来いと言っているのだ。
いつもなら促されるまま膝の上に座り、撫でられたり抱きしめられたりーーー恋人同士としての甘い時間を過ごすのだが、今は身体を触られてはたまらない。ジタンが動かないと分かると、バッツは仕方ないとため息をついた。膝に乗せるのは諦めたのかとほっとしていると、突然身体が宙に浮く。
わきの下に差し入れられた大きな手。バッツは諦めたのではなく、強行手段に出たのだ。
「よっと」
そしてジタンを持ち上げたまま座り直し、己の膝の上にその小さな身体を降ろす。ジタンの抱える毛布ごと抱きしめられると、バッツはジタンの肩にぐりぐりと額を押し当てた。
「柔らかいなぁ。なんで女の子になってるんだ?」
「し、知ってたのかよ」
むき出しの肩に触れる茶色の髪がくすぐったい。ジタンはバッツの背中を尻尾で叩きながらそう言うと、バッツは首を横に振った。
「さすがに触るまでは分からないって」
そこまでの変化までは分からなくとも、ジタンの様子がおかしい事には気が付くと。
それならもう隠しても仕方がないと、ジタンは抱えていた毛布を離した。やはり何度見ても白いシャツは不自然に膨らんでいる。
「なんでそんな事になってるんだ?」
「オレにもわかんねーよ」
バッツの視線に居心地の悪さを感じ、ジタンは目を逸らしながら答えた。不可解な事が多い世界ではあるが、突然性別が変わるのは想像の域を超えている。
「ん……?」
腰に回っていた手が動き、上に移動していくのを感じてジタンは胸元に視線を移した。バッツが身体の線をなぞるように撫でてきているのだ。
「おい」
「だって、確認しないとさ」
「そのくらい自分で……、あ、こら!」
「はい、ばんざーい」
ぐいぐいとシャツを引っ張られ、たくし上げられていく。バッツの言う事を聞いたわけではないが腕を上げざるを得なくなり、己のシャツに視界を奪われると同時に外気に触れた肌がひやりと感じた。
「……っ!」
シャツの下には当然下着などは着けてはいない。ジタンは慌てて胸元を隠すと、じろりとバッツを睨みつけた。
「ごめん、もう見ちゃった」
悪びれもなくぺろりと舌を出してそう言われるが、確かに脱がされている時に丸見えだったに違いない。胸を押さえたままジタンがため息をつくと、バッツに抱きしめられ、耳元に唇を寄せられた。
「でもさ、おれ以外の誰に見せるんだよ?」
「それは…」
そう言われると返す言葉もなく、ジタンは諦めて手を下した。女性になってしまったこの身体を他の者に見せるわけがないのだ。それに満足したのか、バッツはそのままジタンの頬に唇を落とす。その体温と裸の上半身を覆う腕の温かさに、ジタンはようやく身体の力を抜いた。
「オレだってまだ見てねえのに」
改めて自分の胸元を見てみると、胸の膨らみで腹が見えなくなっていた。そして乳房が視界に入った途端にジタンの顔が真っ赤になる。自分の身体とはいえ、女性の裸体を見るのは少ない記憶の中では初めてのことだ。
「あれ、女の子好きなのに」
「うるさい。そういうバッツは平気な顔してるけど、見たことあるのかよ」
「多分見たことないし、べつに平気じゃないぜ」
多分、というのはジタン以上に記憶が曖昧だからだろう。しかし態度を全く変えないというのに、平気ではないとはどういう事なのか。
「ジタンが自分の身体に反応しちゃったのに、おれが反応しないわけないだろ」
囁かれた声色がやけに低く、ぞくりと痺れのようなものが背筋を走る。
そして浮遊感とともに、ゆっくりと身体が床に倒された。これが何を意味するか分からないほど初心ではない。
「おま…、朝から!」
「むしろ朝だから?」
寝起きに男の身体がどういった反応を示す場合があるかは、元々男であるジタンもよく知っている。
「好きな子のそんな裸見ちゃったから、余計にさ」
「……自分が脱がせたんだろ」
「うん」
バッツはにこりと笑うと両手でジタンの頬を覆い、唇を重ねた。その口から漏れる吐息が少し乱れているのを感じる。
「ん……っ」
口をすっぽりと覆われ、差し入れられた舌に口内を圧迫され息苦しさにジタンは眉を寄せる。しかしそれは最初だけで、舌の上を這うように舐められ唇を食まれると、くすぐったさと気持ちよさですぐに身体から力が抜けた。
唇や頬に戯れのようにキスをされ、ジタンは笑いながら同じようにバッツにやり返す。こうしてじゃれ合うのは嫌いではない。
何度かそんなやり取りを繰り返した後、急に深い口付けをされたかと思えば、それまで頬や髪を撫でていた手が胸に触れてきた。
「ん、ん……」
胸の膨らみを手で覆うように撫でられたかと思うと、下から胸の先まで指先でなぞられる。そして張りのある肌に軽く指を食い込ませると、バッツは唇を離してジタンに尋ねた。
「なあ、舐めていい?」
「いちいち聞くな、そんな事!」
「一応聞いておいたほうがいいかなーって」
今までそんな確認などされた事などない。女性になってしまったジタンに対するバッツなりの気遣いなのだろうが、どんな顔で答えろというのか。
ジタンは何も言わずにバッツを睨むが、答えを察したのだろう。バッツは胸に顔を寄せると、その柔らかな肌に口付けた。
ちゅっと吸い上げればそこには簡単に赤い痕が付く。皮膚が柔らかい分、男の身体の時より付きやすくなっているのかもしれない。バッツは何度か口付けを繰り返すと、胸の先端に唇を触れさせた。
「…………ふっ」
ジタンの口から吐息が漏れるが、その声色は快感から来るものではない。
「くすぐってえんだけど」
赤子のように吸い付かれて、快感よりもくすぐったさの方が先立ってしまう。そうジタンがくすくすと笑っていると、胸から口を離したバッツが口元をつり上げた。
「ふうん、そんなこと言っちゃうんだ」
「へ?」
にっこりと笑うバッツだが、その笑顔の中に意地の悪さが垣間見え、ジタンは己の失言に気付く。バッツがこんな顔をしている時は、大抵ろくでもない事を考えている時だ。
バッツは再び胸の先端に口を寄せると、先ほどと同じようにそこに吸い付いた。
「バ……」
胸元を見下ろすジタンと、バッツの視線がかち合う。するとバッツは舌を出すと、口元にある突起を舌で押しつぶした。
「……っ!」
先程も指で触られたばかりだが、柔らかくぬめりのある舌でされるのとは感じ方が全く違う。触れられ、硬さを帯びたそれを根元から舐め上げられると、ジタンの肩がびくりと跳ねた。
「う、ん……っ」
こうして胸を愛撫されるのは男の身体だった時と変わらない。しかし胸が大きく膨らんでいる今、その愛撫がはっきりと視界に入ってしまうのだ。胸から視線を外せないジタンを見つめながら、見せつけるように舌を動かされている様子も。
「───あっ!」
ジタンが舐められている方の胸に気をとられていると、もう片方の乳房にバッツの指が触れ、思わず声を出してしまう。その声の高さに驚いてジタンは思わず口を手で塞いでしまった。
「やっぱり女の子だから、いつもより声高いな」
「うう……」
恥ずかしさに顔に熱が籠るのを感じる。
いつもなら口を押さえる手を外されてしまうのだが、今日のバッツはそれをしなかった。
つ…と這わせる舌が徐々に下へと下がっていく。胸の付け根から腹へ。大きな手が脇腹に触れるが、そこから感じるのはくすぐったさではなかった。
「ひゃ…っ」
臍の中に舌を入れられ、ジタンの腰が浮く。その隙に下穿きに手をかけられ、下半身が空気に晒されるのを感じた。反射的に足を閉じそうになったが、バッツの身体が間に入り込んでいるため、それも叶わない。
「み、見るなよ……」
『そこ』が男の時とどう変わって、どう反応をしているのか。今は朝だ。薄暗いテントの中とはいえ、はっきりと見えてしまっているだろう。
「……!」
ジタンが身を震わせていると、腹部に感じていたバッツの吐息が下がっていくのを感じ、慌てて身を起こした。
「な、なにす……」
「おれ、最初に舐めていいか聞いたよな」
「え、あ……っ!」
あれは胸を舐めていいかどうかの確認ではなかったのか。そう聞き返すよりも先に、バッツの舌が下肢に触れてきた。
「んぁ、あっ」
先程までとは全く違う、身体の中心に直接響き渡るような刺激だ。そんな敏感な場所を舐められるのは堪らずジタンは身じろぎをするが、両足をしっかりと掴まれてしまう。
唾液を含ませ、それを擦り込むように押し付けられては濡れた音が立つ。それに反応して下肢がひくついて動く事に羞恥を感じるが、自分の意思で抑えられるものではなかった。
「あ、うあ…っ」
「ジタン、我慢しなくていいって」
「うう……っ」
身体に力を入れて耐えるジタンに、ばっつがそう声をかける。そして太腿から手を離すと、バッツが舌を這わせていた場所よりも少し下の部分に指先が触れた。
「……っ」
そのまま指が侵入してくる。何の抵抗もなく指が入ったことに驚いたが、指が引かれた時に聞こえた音でそこが濡れていることが分かった。
「ん……っ」
最初こそ僅かな痛みを感じたものの、何度か擦られていくうちにそこはすぐに快感を拾っていく。そういう風にできている身体だと分かってはいるが、自分が淫乱になったかのように感じてしまう。
「バ、バッツ、指抜いて…」
「だめ。後が辛いだろ」
「あっ、ああ……っ!」
指を増やされ、中をひっかくように爪を立てられる。
そして深く指を突き入れられた瞬間、ジタンの中が一気に収縮してその指を締め付けた。
「───っ!」
喉から高い声が上がり、次の瞬間一気に身体から力が抜けた。何が起きたかわからず息を乱しながら呆然としていると、目の前に影がかかる。
「ジタン、後ろ向いて」
「ん…」
バッツが何をしたいのか察したジタンは、倦怠感の残る身体を動かしてうつ伏せになる。そして腰を掴まれ持ち上げられると、先ほどまで指が入っていた場所に硬いものが押し付けられた。
「……っ」
バッツは己の肩にかかる尻尾に口付けると、ゆっくりと挿入させていく。指とは比べ物にならない質量だが、しっかりと準備されたためか抵抗なく侵入を果たしていく。
「痛くないか?」
「…へい、き」
うつ伏せにされたのは、この体勢のほうが身体に負担が少ないからだ。意地の悪い愛撫をされても、こういった気遣いをされては憎むに憎めなくなるジタンである。
「あ、ん……」
達したばかりの場所は、少し動かされただけでも敏感に反応してしまう。ジタンは目の前に落ちている毛布を引っ張ると、縋りつくように握りしめた。
その手の上に、バッツの手が重なる。
「あっ、あ…っ」
身体が近くなるのと同時に挿入も深くなり、毛布を握る手に力が籠る。間近に感じるバッツの息の荒さから、彼の余裕のなさが感じとれた。
ぐっと押し付けられていたものが一気に引かれ、抜ける直前に再び突き入れられる。滑りの良い中は抜き差しに抵抗を示さないくせに奥まで挿れられると離さないとばかりに締め付けが強くなる。動くたびに聞こえる濡れた音は全てジタンの体液なのだが、それを恥ずかしいと思う余裕もなくなっていた。
「ひぃ、う……っ」
「……っ」
濡れた音と肌がぶつかる音ばかりが聞こえる中、ジタンの手に重ねられたバッツの手にも力が入る。
「ジ、タン……っ」
「あ、あ……っ!」
ぐっと奥に入った瞬間、再び中が強く収縮する。
バッツは歯を食いしばってそれに耐えると、己のものを一気に引き抜いてジタンの背に白濁を吐き出した。
「いつ戻るんだろうな、ジタンのからだ」
ぐったりと横たわるジタンの身体を拭きながら、バッツがそう呟いた。
行為が終わった後もジタンの身体は女性のままだ。ジタンは汚れが拭き終わったのを確認すると、手にしていた毛布を自分の身体にかけて丸くなる。
「わかんねえ。…とにかく早く戻らねえと誰にも会えないぜ、さすがに」
今はスコールが居なくて助かったとジタンがぼやいていると、バッツが毛布ごとジタンを抱きしめた。
「バッツ?」
「ってことは、戻るまでは二人っきりだな」
「……」
非常事態なのに嬉しそうなバッツに、ジタンは尻尾で抗議する。
そんなバッツの反応が少し嬉しいと思ってしまった自分にも、少し腹を立てながら。
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