低温火傷
鍋から漂う熱気。甘ったるい匂い。隣から聞こえる拍子はずれの鼻歌。
皆にチョコをプレゼントしたいというティナにジタンが手伝いを申し出たのは先程のこと。たまたま近くにいたスコールまで巻き込まれ、なぜ俺がと苦い顔をしていたら「菓子作りは重労働なんだぞ。レディ1人にやらせる気か?」と有無を言わさずエプロンを着せられた。
ボウルに刻んだチョコレートを入れ、ただ混ぜるだけの作業。溶けたチョコレートがヘラにまとわり付き、混ぜる毎に重くなっていく。これが相当量ともなると、確かに女性の細腕には厳しいのだろう。
「空気入れないように、しっかり混ぜろよ。綺麗にできなくなるからな」
クーベルチュールを刻みながらジタンがあれこれ注意を入れてくる。少し離れた作業台では、ティナが小麦粉を秤で細かく計量をしていた。
(…溶かすだけではダメなのか)
思いのほか面倒な作業にため息が出る。
「お菓子はレディが好きな食べ物だからな。繊細な作業が……って、湯煎の温度上げすぎてないか?」
ぼうっとヘラを回しているとジタンの慌てた声が耳に入ってきた。何だと思う前に自分の手元に手を伸ばしてくる。火を弱めたいらしいが、薪で焚いている火はそう簡単に弱まるものではなかった。
「ボウル!ボウルを湯煎からあげろって!」
捲し立てられ、言われるままボウルに手をかける。そのまま勢いよく持ち上げた時、ボウルに入れたまま取り忘れていたヘラが倒れ、ボウルを持つ手へとついてしまった。
手の甲にべったりとついたチョコレート。温度を上げすぎていたせいか、肌が焼けるような感覚があった。もう片方の手て拭い取ろうとするが、どろりとしたチョコはなかなか手から離れない。
火傷をしたのかもしれない。
スコールは手を流そうと、汲み置きの水を置いている場所に移動しようとした。
しかしそれは、チョコレートがついた腕を掴む小さな手に阻まれる。
「なん…!?」
何だ、と問う前に、ジタンの舌がスコールの手を這った。正確には、手についたチョコレートを。
すぐに舌は離したが、その口は手の甲の上に留まったまま。視線だけ上にあげ、スコールと目があうと悪戯を思いついた子供のように笑った。
そしてまた甲に舌を這わせる。冷めて少し固まってきたチョコレートを削ぐそうに舐められると、くすぐったさと共に、火傷の炎症のためか、ピリピリとしたなんともいえない感覚を覚えた。
その場に固まり動けずにいると音を立てて舐められ、カッと頬が赤くなった。
「甘…」
やがてチョコレートを綺麗に舐めとったジタンがそうぼやきながら口を離した。
舌が離れた後も自分の手を凝視していると、それに気付いたジタンがスコールの手を引っ張ってきた。前屈みの状態になると、首に腕を回され、そのまま口付けられる。
侵入してくる舌に残るチョコレートの甘ったるさに驚く。思わず舌を引いてしまったが、首に回された手に力が込められ、逃げた舌はすぐに絡めとられてしまった。
「…っふ、」
舌裏を舐められ、わずかに空いた口の隙間から濡れた音が聞こえる。その音にスコールの顔が真っ赤になるが、こちらに背を向けているとはいえティナが近くにいるのだ。いつ振り向かれてもおかしくない状況に、今度はすっと青くなる。
赤くなったり青くなったりを繰り返していると、そのうちに口の中のチョコレートの甘さが消えて行く。完全に溶けて飲み干したのを確認すると、ようやくジタンが口を離した。
「甘い?」
首に手を回したままのジタンにそう問われ、スコールは呆然としたまま頷く。
「そうじゃなくてさ」
ジタンは笑いながら、スコールの火傷をしたほうとは逆の手をとった。
指先には、先程チョコレートを拭った時についたものが残っている。その指をスコールの目の前で銜え、舌先で突いた。
「……っ」
神経が集中し敏感な指先を舐められ、全身に痺れる感覚が走る。
「…どっちが、甘い?」
俺か、チョコか。
そんな事を聞かれても答えられるはずがなく、視線を下に向ける。
そうしているとジタンは笑いながら身体を離した。その直後にティナに「どうしたの?」と声をかけられギクリとする。
「ごめん、湯煎失敗しちゃったんだ」
ジタンは何事もなかったかのように受け答える。見ればボウルのチョコレートはすっかり冷め、固まってこびりついていた。
「それなら大丈夫よ、まだ材料はあるから」
「ほんと?ごめんな〜」
材料を取りに行くティナにジタンはついて行こうとしたが、足をとめ、スコールを振り返った。
「さっきの、夜までの宿題な?せっかくのバレンタインだし、甘かったほうをお前にやるよ」
「…!!」
今日何度目かの赤面をするスコールに、とっくに答えがわかっているらしいジタンが笑う。
その場に座り込むスコールを尻目に、来月のお返しが楽しみだな〜、と言いながら、ジタンはティナの後を追いかけた。
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チョコはかけるもの、そしてそのままいただくもの。
と言われたので、こうですか?って提案したら否定されましたが、間違ってないと思います…。
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