うさプラ様の小旅行 ジェイドは普段よりも大きなバッグを抱えて屋敷の扉を開けた。 「それじゃ、プラチナ様。お留守番頼みますね。」 心配をかけないように、そう思ってプラチナはコクリと頷いた。 月に一度二度ある遠征。 早くて二日、遅ければ一週間もの間帰って来ない。 『遅ければ』の記録を更新したのは前回の遠征だった。だからプラチナは心配になる。 「今回は、どのくらいで帰って来るんだ…?」 寂しさが声に出ないように気をつけて問いかける。 「そうですね…。三日…、程でしょうか。」 必死で平静を保とうとしているプラチナの長い耳がシュンとして下がっている。今の状態を言葉で表すなら、「耳は口ほどに物を言う。」だろうか。 そんなことを考えながら、ジェイドはプラチナを抱き上げた。 「ジェイド……!!」 慌てるプラチナにジェイドは優しく微笑む。 「三日もプラチナ様に会えないんですよ?だから少しだけこうさせてください。」 甘い声で囁かれてプラチナは頬を真っ赤に染めながら俯いた。 「ダメですよ、下向いちゃ。はい、お顔を見せてください。」 クイとプラチナの顎をつかみ上向かせると、その頬に額にそして唇にキスの雨を降らせる。 「……ッん、……ジェイ…ド………。」 プラチナが首を振りながら小さな手でジェイドの胸を押し返すまでそれは続けられた。 「はぁ、名残惜しいですけど。そろそろ行かないといけませんねぇ。」 プラチナをその場に下ろして歩き出そうとしたジェイドだったが何かを思い出したようで、バッグを下ろし屋敷の中へ入っていった。 「………………。」 一人での留守番は寂しい。 その寂しさを思い出して俯くプラチナの目の前には大きなバッグ。 「………………………。」 大きなそれにはまだ物が入る余裕がありそうだ。元より自分の身辺に物を置かないジェイドだから、持って行く物など殆どないのだろう。大きなバッグを持っていくのは、遠征先で買ってくるプラチナへのおみやげを収めるため。 いけないことと思いつつも、プラチナはそろそろとバッグを開けた。中を覗き込んでみる。 「入れそう……だな。」 中に飛び込もうとして、やはり躊躇する。 「屋敷で留守番をするのが俺の仕事だ。ジェイドとも約束したし………。」 せっかく上がった耳がまた下がってくる。 思い立ったそれを諦めることにしてプラチナはバッグを閉じにかかった。 ――――――ちょうどそこに…。 「ぅわッ!!」 ドサッと降ってきた書類に背を押され、プラチナはバッグの中へ転がり込む。紙の擦れ合うバサバサという音のせいでプラチナの声はジェイドには届かなかった。 「さ、行ってきます。って、あれ?プラチナ様??」 先程までいたはずのプラチナの姿が見えなくてジェイドは辺りを見回した。 「どこいっちゃったんでしょうねぇ、プラチナ様…。」 出かけるときには必ずあいさつを。これは以前ジェイドが声をかけずに出て行って、プラチナが大泣きした際にできた約束事だった。 「プラチナ様〜?」 返事はない。探すために歩き出したところで別の声がかかった。 「ジェイド、まだここにいたんですか?時間、迫ってますよ。」 サフィルスが現れたせいでプラチナの名を呼ぶことができない。時間も迫っているということで、ジェイドは仕方なく『行ってきます。おみやげ、期待しててください。』という書置きを残して屋敷を後にした。 ****** 「この間も大変でしたけど、今回はもっとかかりそうですね…。」 野営のテントの中、それなりに地位のあるジェイドとサフィルスは二人でひとつのテントをあてがわれている。サフィルスの言葉に「そうだな。」と適当に相槌を打ちながらジェイドはため息をついた。 「今回はそんなにかからないと思っていたんだがな…。」 ボソリと呟いた言葉に不思議そうな顔をする相手を無視して、ジェイドは出かける間際にバッグに詰め込んだ書類を出し始めた。 「あなた、遠征先にまでそんなもの持ってきたんですか!?」 驚愕の声を上げるサフィルスを一瞥してジェイドはそれらを簡易な机に並べ始める。 「こんな場所じゃ、どうせやることなんて何もないんだ。この方が効率的だろう。俺はお前と違って忙しいんだ。」 その言葉にムッとしながらも、言い返す言葉のないサフィルスは持参したバッグを漁り始めた。 「あ、そうそう。忘れてました。夜中にお腹がすいたらいけないと思って、夜食になりそうな軽いもの作ってきたんですよ。食べません?」 「軽いもの……?」 サフィルスの料理において、『軽い』・『少し』はあてにならないことを熟知しているジェイドは恐る恐る聞き返す。 「ええ、ほら。」 広げられた包みにジェイドは言葉を失う。コロコロと転げた数個の団子。転げてきたその先には、目を覆いたくなるような山積みのそれ……。 それがどうやってバッグに収まっていたのか、とか、それが『軽い』夜食のつもりなのか。など突込みどころは満載だが、あえてジェイドは無視を決め込むことにした。 「食べません?でないと重くて。」 「………………。」 「全部持ってきてよかったです。長引きそうですから食べ切れますよね。」 「………………。」 「ジェイド、聞いてます?」 「………………。」 「何で無視するんですか!?」 大きな声を出したサフィルスをジェイドはひと睨みする。 「俺は今仕事中なんだ。食いたければ一人で食え。」 一蹴したジェイドに、サフィルスは怒るのではなく悲しそうに俯いた。 「そうですよね、あなたが私の作った物を気に入ったなんて…、調子に乗りすぎましたよね……。あなたが珍しく私に『だんごをつくれ』なんて言うから、余程気に入ってくれたのか〜なんて思って、朝早くから一人で一生懸命心を込めて作ったんですけど。無駄になっちゃいましたね〜。明日の朝鳥たちにでもあげますよ………。」 本人は気付いていないのだが、怒って騒ぐよりもこちらの方がジェイドにとっては効果的で、ジェイドは机に突っ伏したくなるのを我慢しながらペンを握り締めている。 「わかった……、サフィルス、茶をいれろ………。」 これから一週間もの間、毎日このことを愚痴られてはたまらないと思ったジェイドは早々に書類の片づけを諦めた。 「そうですか、食べてくれるんですね。作ってきてよかったですよ。」 サフィルスは上機嫌で備え付けの簡易キッチンに入っていく。 「だから嫌なんだ……。」 ため息をついたジェイドの目の前、バッグがゴソリと動いた。 「ジェイド!!」 嬉しそうな声を上げてプラチナがバッグから顔を出した。 「――――――プラチナ様ッ!!!?」 驚いたそこにサフィルスが顔を出した。 「お茶の種類、何にします?」 ジェイドはプラチナの頭を押さえつけ、バッグの中に押し込んだ。キュッと小さな悲鳴を上げたが、幸いそれはサフィルスの耳には届かなかったようだ。 「任せる。だんごに合うヤツなら構わない。」 「それじゃ、ちょっと取りに行って来ますね。バッグがいくつもあると邪魔なんで、他のテントで預かってもらってるんです。」 さっさとテントを出て行ったサフィルスに、ジェイドは呆然とする。 「まだ、あるのか……?」 唸ったジェイドの手の下で、もぞもぞと小さな塊が動く。 「あ、すみませんプラチナ様。苦しかったですか?」 手をどけてもプラチナはバッグから出ようとしない。どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。 「ジェイドは、俺が来ても嬉しくもなんともないんだな……。」 バッグの中から潜められた声が聞こえてくる。 「そんなことありませんよ。嬉しいです。当たり前じゃないですか。」 慌てて言い募るジェイドを見上げたプラチナは再び顔を背ける。 「いきなり押しつぶされた……。」 今度は落ち込んでいるらしい。 「ですから、それはサフィルスが……。」 「仲が良いんだな。」 そう呟くとプラチナはジェイドが詰めてきた荷物の中に潜り始める。 「俺のことなんか放っておいていいぞ。俺は屋敷につくまでここで寝泊りする。」 グシャグシャになっていくバッグの中身。 完全に拗ねてしまったプラチナを説得すること数時間――――――。 「お待たせしました、ジェイド。お茶ありましたよ。どれに入れたかわからなくて探し回っちゃいました。」 茶葉の缶を片手に帰ってきたサフィルスは、ジェイドの姿を見るなり首を傾げる。 「寒いですか?マントなんて羽織って……。」 「まあな……。」 短く答えてジェイドは指でつまんだだんごを口に放り込む。 「どうですか?」 期待に満ち満ちた目で訊ねてくる。 「あぁ、美味いんじゃないか…?」 「それはよかった。お茶いれますね。」 キッチンに入っていくサフィルスを見送ったジェイドは、マントをそっと捲る。 「美味しいですか?」 ジェイドの膝の上にちょこんと座ったプラチナはお気に入りのだんごをぱくつきながら頷いた。 「たくさんありますから、好きなだけ食べてくださいね。」 コクコクと頷いたプラチナは、ジェイドを見上げて二コリと笑う。 一週間も会えないと荒みかけていた心が洗われるようなその笑顔に、ジェイドも自然に笑みを浮かべていた。 「今度は、もっと居心地のいいバッグ買いましょうね――――――。」
〜fin〜
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