48:その手を離さないで
静かな室内にひどく冷たい空気が、シーツから出ている指先に突き刺さるように感じた。
きっと外には雪が降っているのだろう。
空から降る白いそれが『雪』という名だと知ったのは、つい最近のことだった。
プラチナの意識がゆっくりと浮上する。しかし、目を開けて窓の外を確認する気力はわかなかった。
寒い、そう思っていると、突然冷たい指が暖かな温もりに包まれた。
プラチナは力を振り絞って瞼を開けた。視界に飛び込んできたのは、金色の髪と赤い瞳。双子の兄のアレクだった。
「プラチナ、寒い?」
アレクはプラチナの冷えきった指先を両手で包み込んでいた。
その暖かさにプラチナが小さく微笑む。
「いや…、兄上がそうしてくれているから、寒くはない」
「…よかった」
アレクの笑顔に、プラチナの張り詰めていた気持ちが溶かされていく。
プラチナが床に臥せて以来、アレクは暇さえあればプラチナの元を訪れていた。
しかしいつからかそれは減り、最近は全く顔を会わせられずにいた。
ジェイドは「仕事をおサボりになるので面会謝絶です」と言ってはいたが、何かあったのではないかと心配していたのだ。
「プラチナ、大丈夫だよ。ずっとこうしていてあげるから、ゆっくりおやすみ」
ぎゅっと、暖かい手に力が籠る。
自分より肉体も精神も幼いはずなのに、こういう時ばかりは自分は“弟”なのだなと実感させられる。兄の庇護の手がとても頼りに感じられ、プラチナは穏やかに深い眠りへとついた。
「……プラチナ」
“眠った”弟の手を握る手が小刻みに震え、額には冷や汗が粒となって溢れ出す。
間に合ってよかった。この甘え下手な弟を、一人で逝かせることがなくてよかった。
アレクは力が抜けそうになる手を叱咤し、必死にプラチナの手を握り続ける。
霞む視界に弟の穏やかな“寝顔”が映り、ほっとしたアレクは、ずるずるとベットへと凭れ掛かった。
握った手はそのままに。
バタバタと廊下を掛ける音がする。その音はプラチナの部屋へと向かい、王の弟君の部屋の扉を敬意も忘れ大きな音をたてて開け放った。
「アレク様!ベッドを抜け出さないで下さいとあれほど…っ」
勢いよく部屋へと入ってきたのはサフィルス。もぬけの殻となっていたベッドを見て青ざめ、行き先であろうプラチナの部屋へ慌てて走ってきたのだ。
そして静まり返った部屋に、何があったのか、嫌でもすぐにわかってしまった。
「さすが双子、といった所でしょうか。…プラチナ様の死期を感じ取って、最期の力でこの部屋へ来たみたいですよ、兄上殿は」
「…ジェイド」
扉の横に佇んでいたジェイドが淡々と述べる。
プラチナが床についてから少し後に、アレクもまた体調を崩し、ベッドの上での生活が増えていった。
それでも元気なフリをし弟を励まし続けていたのだが、ここ最近は起き上がることも叶わずにいた。
王の石を飲まなかった2人はセレスの言う通り、長くは生きられないと決定付けられてしまった。
「お二人は、幸せだったのでしょうか…。生まれてから2年間眠り続け、最後の1年は戦いに明け暮れて…。なにか一つでも、人並みの幸福はあったのでしょうか…」
「それは二人でないとわからんさ。…でも、最期はどんな思いで逝ったのかは、今のお二人を見ればかわるんじゃないか?」
サフィルスは顔を上げ、恐る恐るベッドの上の2人を見やる。
堅く握られた手。穏やかな顔をして“眠る”、アレクとプラチナ。
雪に反射して室内に差し込む眩しい陽の光に包まれた姿は、仲の良い兄弟が一時の幸せな休息をとっているようにも見えた。
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