こどものからだ
一面に広がる花畑。自然に群生したそれは小振りで可愛らしい花ばかりだ。
銀色の髪を持つ“彼”は、そこに恐る恐る足を付ける。そう簡単に散るほど野の花は柔ではない。そう教えられてはいたものの、つい花を避けてつま先歩きになるのは仕方がないだろう。
そうやって花畑の中で探していた人物は、黄色の花が密集している中にいた。長い金色の髪が花の色に埋もれてしまい、気付くのに間ができてしまった。
「セレス、まだ怒っているのか」
花に埋もれているセレスは、こんな場所に居るにしては物騒な気配を放っている。不機嫌さは聞かなくても肌で感じ取れた
「子供に間違われた事なんて、気にしなくても…」
「!!」
その言葉にセレスは“彼”を睨み付け、その場に立ち上がった。そろそろと近づいて来た所で、その銀色の髪に掴み掛かる。
「…痛い」
「そもそも僕をこんな身体に創ったのは、君じゃないか!」
サイドの髪を引っぱりながら、セレスが獣の様に唸り声をあげた。
事の発端は、一部の天使を集めた話し合いの場で起きた。
“彼”にふられた提案に口を出したセレスに対し、歳の若い天使が失言をしてしまったのだ。
『子供が口を出すな!』
場の空気が固まったのは言うまでもない。
その天使は最近階級が上がったばかりで、セレスの存在を知らなかったのだ。
普段はセレスに対して対抗意識を剥き出しな上級天使達でさえ、その場を取り繕うのに必死になっていた。“彼”もその中に加わってしまい、そんな“彼”の顔を潰す訳にはいかないとセレスはなんとか振り上げそうな拳(もとい、魔法)を抑えたのであった。
当然、“彼”によって最初に生み出された天使であるセレスは子供などではない。六枚羽根の時点でその階級の高さは目に見えているというのにそんな発言をした天使は軽率ではあったとは思うが、見た目が子供なのは否定しきれなかった。
「もう少し成長できるようにしてくれないかな」
「それはいやだ」
“彼”にしては珍しく即座に拒否の言葉が放たれ、セレスは怒るどころか目を丸くしてしまった。
「できない」ではなく「嫌だ」と言うからには、できない事はないはずなのだが。
“彼”は向かい合っていたセレスの身体を反転させ抱え込むと、その場に腰を下ろした。“彼”の膝の上にセレスが座っている形になる。
腕にすっぽりと収まる小さな身体。背中の羽根は“彼”にとっては何の邪魔にはならない。
それ所かセレスの肩に顎を乗せた時に頬をくすぐって、その感触が心地酔良い。
「セレスが大きくなったら、こうやって抱っこできないだろう」
「…はぁ?」
「子供の身体のほうが羽毛も柔らかいし、気持ち良い…」
「……ねえ、君、もしかして…」
抱き心地や羽毛の感触が理由で、こんな身体に創った?
そう質問をすると「そうだ」とあっさり答えられてセレスが脱力する。
回復の早い子供の身体だとか、小柄な身体を活かした身軽さだとか、そういう理由だと自分に言い聞かせていたのに、つまるところ“彼”の趣味で子供の身体にされてしまっていたのだと。
これは“彼”を脅してでも成長する身体に創り変えさせてやる。
そんな物騒な決意をしていると、“彼”が少し弱い声で話し始めた。
「そんな理由ですまないと思ってるが…。情けない事に最近疲れる事が多くてな、そんな時にセレスをこうしていると落ち着くんだ」
「………」
ずるい、とセレスは思った。
“彼”が心の内を晒すのは自分にだけだと知っている。
そんな弱い部分を見せられ、自分の小さい身体が“彼”の癒しになっているのだと言われては、文句も返せないではないか。
「ま、まあそういう理由じゃ仕方ないね…。僕は、君の為だけに存在してるんだから」
セレスがそう言うと“彼”は嬉しそうに微笑んで、その小さな方に顎を乗せた。
過度な密着にセレスが動けないままでいると、耳元から規則正しい寝息が聞こえてきた。
こうして無防備に寝ている姿を見せるのも、セレスにだけ。
それは神を愛する天使として自尊心を満たすには充分すぎるものだが、今の心の内を占める感情はそんな物とは違うだろう。
拘束されて火照る頬を隠せないが、“彼”の好きにさせる。
しかしそんなくすぐったい時間も、寄りかかってきた“彼”に潰されてすぐに終わりを告げるのだが。
|
|
|