マナ×悪魔コノエ

怒りの感情に誘われて降り立ったのは、渾沌とした祇沙。
しかし、怒りの発生源は着いた時にはすでに息絶えていて、無駄足を踏んだとコノエはつまらなさそうに地面の石を蹴った。
今、憤怒の空間に戻っても己の主は不在だ。戻っても暇になると思ったコノエは、祇沙の探索をし始めた。
辿り着いたのは藍閃。特に意識して来たわけではないが、身体が覚えていたという所か。
藍閃もすでに安全な所とは言えなくなっていた。時折亡者の猫の襲撃にあい、気が触れた猫が同胞に襲いかかったりしている。
所々焼けたり崩れたりしている家が多い中、コノエの目をひいたのは1つの大きな建造物だった。そこだけが襲撃を免れているように建物は綺麗なままだった。
少し興味の湧いたコノエは、空間移動で建物の中へと入り込んだ。
入ったのは、甘ったるい香水の香りが漂う部屋。生活感もなく、大きな寝台だけが際立って見えた。
そしてこの建物に漂う感情。多少の憤怒も混じってはいるが、その大半が快楽だった。コノエの餌になりそうなものはない。
無駄足続きか、と、出て行こうとした時に、寝台の上から声がした。
「あら、どこから入ってきたの?」
聞き慣れない、トーンの高い声。
よくよく寝台のほうを見てみると、そこには1匹の猫がいた。
小柄な身体に、丸みを帯びたふくよかな胸。雌猫だった。
「雌………」
「そうよ。雄にでも見えるっていうの?」
クスクスと鈴のように笑う雌猫。
「それよりどこから入ってきたのよ。今ここは警備が厳重で、客猫ですらなかなか入ってこれないのに」
「俺は悪魔だ。別に扉なんか使わなくたって入ってこれる」
「そういえば、耳がないわね」
悪魔と聞かされても物怖じ気もせずまじまじと見つめてくる。
「…普通、怖がるもんじゃないのか?」
「これでも小さい頃に魔物に喰われかけたことがあるのよ。それに今は外に変な猫が徘徊してるし…。それに比べたらアナタは綺麗だから、怖くなんかないわ」
コノエの黒い尻尾が揺れる。“綺麗”と言われて悪い気分ではない。それに、この肝の座った雌猫に少し興味がわいた。
「暇そうだな」
「そうなの。雌猫に被害が及ぶのを恐れて、今まで以上に自由がきかなくなっちゃったのよ。客も全然来ないし…。丁度良いから暇つぶしに付き合わない?」
「…雌を抱く趣味はないんだけど」
「雄としてそれはどうなのよ!…別にそういうことするわけじゃないわ。おしゃべりでもしましょうよ」
コノエの反応を面白がりながら、雌猫が寝台の上を軽く叩く。座れということらしい。
コノエもそういうことなら、と素直に従った。自分の餌は得られそうにもないが、いい暇つぶしにはなるだろう。
「それで、綺麗な悪魔さんはなんでこんな所に来たの?」
問いかけに、コノエが拗ねたような顔をする。
「ラゼルが俺をおいてどっか行っちゃったから、暇つぶし」
「恋人?」
「こ………。まぁ、そんな所」
正しくは、自分の主なのだが。
「仕事仕事でいっつもいないんだ。それで俺が暇つぶしに出かけてる間に帰ってくると、無闇に出歩くなとか言うし…」
アンタに言ってもわからないだろうけど…と続けようとしたが、雌猫によってそれは阻まれた。
「それは最低ね!!」
「…へ?」
「仕事を理由にフラフラと家を出てるのに、自分を棚に上げて『出歩くな』ですって?自分勝手にもほどがあるわ!」
「………だよな」
ぷんぷんと怒り出した雌猫に呆気にとられながらも、今まで誰にも言えなかった愚痴を聞いてもらえたことにスッキリした。


「夜は夜で、動いてくれないし」
「え、マグロなの?」
「下手ってわけじゃないけど、俺が一生懸命してるのを見て楽しんでるみたいで…。かと思ったら時々首絞めてくるし」
「…そういうプレイが好きなのね。大変ね」
「別に嫌じゃない」
「ドMなのね」
「違う!!」
…すっかり夜の話で盛上がっていた。
コノエもだが、雌猫…マナも娼婦として経験が豊富だ。受け身同士、話が合うらしい。
相手を悦ばせるためには、ああでもあないこうでもないと、とても雄と雌の会話らしくない会話を繰り広げていた。
「こう、胸で挟んでするのが好きなヤツもいるわ」
「俺、雄なんだけど」
「あ、そうだったわね。それじゃあ……」


そう夜伽のテクニックの話に夢中になっていると、コノエの尻尾がぴんと立った。
「…ラゼルが帰ってくる。行かないと」
早く戻らないと、また何かしら言われてしまう。自分だけが咎められるのも癪だが、それ以上にラゼルに呆れられる事のほうが耐えられそうにはなかった。
「じゃあ帰ったら早速試してみるといいわ。これで相手もメロメロよ☆」
「わかった、やってみる!」
ひらひらと手を振りながら雌猫に別れを告げる。
面白い猫だった。また藍閃が襲われた時は助けてやってもいいかなと思いつつ、コノエは帰路にたった。


ラゼルより早く帰ることはできたが、衣服や髪にはしっかりと香水の匂いが染み付いてしまっていて。
放任主義なのか独占欲が強いんだかわからない主によって、教えられた方法を一通り試す羽目になってしまったコノエだった。