リークス×バルドEDコノエ

意識の浮上は突然だった。
突如広がった視界には、見覚えのある部屋。コノエの身体を乗っ取った時に、虎猫を惑わす為に訪れた宿だ。

確か自分は、コノエと1つになったはずだ。

自分の身体を見てみると、それは今まで着ていた黒衣。コノエの“中”ではないようだが。
ではこれは一体…。



「…リークス?」
ガチャリと扉を開け、シーツの入っている籠を抱えて入ってきたのはコノエだ。部屋に佇むリークスに少しばかり目を見開く。
しかしリークスが何かの言葉を発する間もなく
「邪魔!!」
…と、どかされてしまった。
「おい」
「今忙しいんだ、話ならあとでしてくれ」
有無を言わさず、コノエはベッドのシーツの交換にとりかかった。慣れた手つきでシーツを張り替えていく。
「おい、私を見てなにも思わないのか!」
「今は祭の時期だから忙しいんだって!暇ならアンタも手伝え!」
「な…っ」
バサリと投げられたシーツを慌てて受け取る。ひらひらと腕にからんで鬱陶しい。リークスは腕を自由にするためにシーツを適当に丸めて持った。
「じゃあ次、隣の部屋な」
そう言ってさっさと部屋を出ていってしまうコノエ。
まるまったシーツを持ったまま部屋にとり残されてしまうのもどうなのか。リークスは仕方なくコノエの後をついて歩くハメになってしまった。


「アンタ、これからどうするつもりなんだ?」
シーツを交換しながら、振り返りもせずコノエが訊ねる。もうリークスが祇沙をどうこうしようとは思っていないのを分かっていて聞いているのだろう。声は穏やかだった。
「意識が外に出てしまったこと自体が想定外だ。考えているはずがないだろう」
コノエが投げてくるシーツを適当に受けとめながら、投げ遺りに答える。
「じゃあ、ここにいればいいんじゃないか?」
「なんだと?」
頭にかかってきたシーツを除けなから、リークスが怪訝な顔をする。
「ここにいて、そうだな…宿の手伝いをするとか」
「何故私が」
「アンタは今、意識だけの存在なんだろ?いつ戻るかわからないし、俺の側にいたほうがいいと思うんだけど」
確かに今のリークスはとても不安定な存在にある。しかし、コノエの側にいるのはいいとしても、なぜ宿の手伝いまでしなければならないのか。
コノエのように作業服に身を包み、客の猫に愛想をふりまく。…想像しただけで頭が痛くなる。嫌すぎる。
「ただで部屋に置いてもらうのはアンタが納得しないはずだ」
ぐっとリークスが詰る。たしかに親切で宿に滞在させてもらうなど、リークスのプライドが許さない。
しかし、宿の手伝いというのは…。
リークスが答えずにいると、作業を済ませたコノエが振り返って、笑った。
「手伝ってくれたら、ちゃんとお礼もするし。…歌とか?」
「…歌?」
黒い耳がピクリと揺れる。
「アンタの記憶の中にあった、父さんの歌…。あれ、優しくて俺も好きだ。こっそり練習して覚えたんだけど、でもあれはアンタの為の歌だから」
だから他の誰にも聞かせていないのだ、とコノエが言う。
「手伝ってくれたら、お礼に歌ってもいいかなーなんて…。父さんみたいに上手くはないけど」
その顔にシュイの面影などないはずなのに、恥ずかしそうに見上げてきた顔が、シュイが初めて自分に歌をうたおうとした時の顔にそっくりだった。照れているような、少し自信のなさそうな表情。
「歌、か……。悪くはない」
「そっか…よかった。じゃあ、早速これ持って」
感傷にひたっていたリークスに無造作に渡されたのは、シーツの入った籠。
一気に現実に戻された。
「おい!」
「まだまだ仕事が残ってるんだ。早く」
「待て!!」




かくして。
新しく宿の従業員となった猫はコノエにそっくりで。
コノエの生き別れの兄だとか、バルドの2番目だとか、藍閃でちょっとした噂になっていた。