08:Blaze(ほのお)

確か、この猫は火が苦手だったという覚えがある。
明かりはみちしるべの葉を使い、どんなに寒くとも火で暖をとることはしていなかった。
街の店先にあるランプの火にも、尻尾を縮こませて怯えていた。


そんな猫が、炎を操る悪魔の眷属になったなど、皮肉な話だ。





コノエは黒光りする尾をゆらゆらと揺らしながら、目の前に映し出されている映像を眺めていた。
映し出されているのは、渾沌に包まれている砥沙。正気を失った猫たちの殺しあいが絶えず、悲惨な光景だった。
そんな様子を、眉ひとつ動かさずに眺めている。
以前のコノエだったらとても見てはいられなかっただろう。悪魔に転化し、変わった部分の一つだ。

しかし

ラゼルの膝に座っていたコノエの尾が突然、ぴんと張り詰めた。そして瞳孔が猫のように絞められる。
「ラゼル…、あれ、消して」
ふるふると震えながら、コノエはラゼルの衣をぎゅっと掴んだ。
消してというのは、砥沙を映し出している炎のことだ。
そこには、猫が火を放ったのか、家がめらめらと燃え盛っている様子が映し出されていた。
「何故だ?」
「いいから、早く消してくれ!」
見るのが耐えられないとばかりに、コノエはそれから視線を逸らし、ラゼルにしがみつく。
その怯えた様子にラゼルは訳が分からないまま、砥沙を映し出している炎を、消した。
その炎がなくなった分だけ、辺りは闇に包まれる。この空間には絶えず炎が燃え盛っているため、完全な闇にはならないが。
「一体、どうしたというのだ?」
未だ震えがおさまらないコノエの背を、ラゼルの手が優しく撫でていく。コノエは涙を溜めた瞳で、ラゼルを見上げた。
「火が…怖い」
「何?」
「だから、火が怖くて…」
ラゼルは炎を操る悪魔で、その眷属であるコノエも少なからず炎を扱うことができる。
そして、この空間には絶えず炎が灯っている。
それなのに火が怖いとは、どういうことなのか。
コノエはラゼルの言わんとしていることがわかったのか、額をラゼルの肩に押し付けながら言った。
「ここの火は、怖くない。…あんたの炎だから」
布越しに伝わってくる体温が心地よく、コノエはくるると喉を鳴らした。
「まったくお前は…。俺を煽るのが上手い」
可愛いことを言う己の眷属の髪を一房つまみ、口付ける。その心地良さにコノエはうっとりと目を閉じた。
炎に怯え、炎を愛する悪魔は、己の尾を主人の尾に絡めながら、ゆっくりと暖かな眠りに落ちていった。