流せない涙

やっと おわったと おもったのに

くろくておおきな けものが ちをはいているのをみて めのまえがまっくらになって

いっしょうけんめい なまえをよんでも うごかなくて


かなしくて


かなしくて



かなしくて












「いつも、泣いているな」

召喚に応じた主と共に契約者の元へ降り立ったコノエが、ぽつりとそうもらした。

「俺達を呼ぶやつらは、いつも泣いている」
「…そうだな」
静かにカルツが答える。

悲哀の感情を司る悪魔を呼ぶものは、果てのない悲しみに捕われている。そうして現れた悪魔に、泣きながら望みを伝えるのだ。

コノエはカルツと共にその願いを叶え、糧を得る一方で、その契約者の様子を不思議そうに眺めていることが多かった。



哀しいと涙が出る。



「でも俺は悲哀の眷属なのに、泣いたことがない」

コノエは悪魔に転化する以前の記憶を持っていない。

いまの記憶にある限りでは、哀しみに捕われたことも、涙を流したことも、1度ないのだ。
そんな哀しみから縁のなさそうな自分なのに、確実に他者の悲哀の感情は自分の糧となっている。

「カルツは、泣いていた頃の俺を知ってるのか?」
赤みを帯びながらも冷めた風合いの瞳が、主を見上げる。
カルツはその瞳から目を逸らしつつ、感情を見せない表情で「知っている」と言った。



それ以上の哀しみがないからこそ、今は泣けないのだろう、とも。



「転化するほどの哀しみだ…、覚えていないほうがいい」
「悲哀の悪魔になった今でも、耐えられない?」
「…そうだ」
「ふうん」


相変わらず表情を見せないカルツだが、主がそう言うのなら、と、コノエはそれ以上そのことを聞くのを、やめた。



大切な者を失い、その亡骸に縋りつきながら悪魔を呼び出した、先程の契約者。

その姿を見た一瞬だけ表情を歪めたことに、コノエ自身は気付きもしなかった。