歌うたい

ここ数日降り続いていた雨もあがり、藍閃には穏やかな日差しが降り注いでいる。街の喧騒は相変わらずで、行きかう猫達を避けながらライは目的の場所へと向かっていた。もっとも、避けているのはライではなく、周囲の猫達だったが。
虚ろの脅威から解放されても賞金稼ぎの依頼は減ることはない。仕事の報告をするために足を運んでいる、その時だった。茂みの向こうから歌が聞こえたのは。
歌といっても明確な旋律があるわけではなく、ひどくぎこちない。しかしその声に覚えがあり、ライは茂みの向こうを覗き込んだ。そこには予想通り、コノエがいた。宿の裏手で腰かけ、ギターを手にしている仔猫が。
「聴くに堪えん歌だな」
「うわっ」
背後から声をかけられ驚いたコノエの尻尾の毛がぶわりと逆立つ。落としそうになったギターを慌てて抱え、声のほうに振り返った。
「ライ!」
「歌うたいの真似事か?」
ライの言葉にコノエの頬が紅潮する。ひっそりと練習していたつもりなのだろう。
「俺、賛牙のうたは声に乗せるものじゃなかっただろ?」
『うた』と言っても歌声にするものとは限らず、力の発動の仕方は賛牙によってまちまちだ。
「『あのとき』の詩を、歌として形にできないかと思ったんだ。…父さんみたいに」

『あのとき』

バルドとライ。それぞれが己の闇を乗り越え、共にリークスと戦った時に注がれた『うた』。
二匹への想いが溢れんばかりに込められたその『うた』を、ライは今でも鮮明に覚えている。

「もし形にできたらさ、最初に聴いてくれないか?」
「……あの髭にでも聴かせたらどうだ」
「もちろんバルドにも聴いてもらうけど、最初はライがいいんだ。賛牙としての俺を見つけてくれたのは、あんたなんだから」

番う相手としてコノエが選んだのは別の猫だったが、賛牙としての番はライだという意識が残っているのだろう。
ひどい猫だな、とライは内心ぼやく。

「ならば、まともな歌に仕上げるんだな」
「う……、頑張るよ」
お世辞にも上手いとはいえないのは自覚しているらしい。コノエの耳がぺたんと伏せられる。
そしてギターを抱えたまま立ち上がると、宿の裏口の扉のほうへと駆けていった。尻尾でライに入れと促しながら。

この日の宿はまだ決めていなかった。
ライは仔猫に促されるまま、宿屋の扉を開いた。