悪魔の嗜好品

「ラゼル。俺、あれ欲しい」
主の膝に凭れ掛かりながら炎に映る祇沙の様子を眺めていたコノエは、そこに映った2匹の猫に興味を持った。
記憶が霞みがかっていて完全には思い出せないが、知っている猫だ。自分が猫だった頃に会ったことがあるのだろう。
楽し気に尻尾を揺らすコノエに、ラゼルは笑った。
「どちらが欲しい?」
主はコノエの我侭を全て受け入れてくれる。欲しいと思って手に入らなかったものは、ない。



「白いのと黒いの。両方欲しい」








悪魔というものは猫で遊ぶのが好きらしい。
今でこそ黒光りする角をもっているが、自分も以前は猫だった。
その頃、ラゼルだけでなく、他の3悪魔も自分や他の猫にちょっかいを出していたと聞いたことがある。
くすくすと笑っていると、殺気を滲ませた声が響いた。
「…何が、おかしい」
声を発したのは白猫のほうだ。
(ええと、たしか名前は…)
コノエは首をかしげ、目の前の2匹の猫の記憶を探りよせる。
「……………、ライ、アサト。久しぶりだな」
思い出した。たしか白いほうがライで、黒いほうがアサトだった。
名を呼ばれ、ライの眼光は更に鋭くなり、アサトは困惑の色を深めた。
「悪魔の知り合いなど、持った覚えはない」
「………、………コノエ」
白猫の尾が僅かに逆立ち、黒猫の尾は力なく地に伏せる。
反応が対称的で、面白い。


悪魔に転化した今、多少のことでは命は落とさないが、念のため武器は取り上げてある。それでもリビカの持つ爪や牙を危惧したラゼルが2匹を拘束しようとしたが、コノエが「それじゃ、面白くない」と、それを止めた。
「俺たちをペットにでもするつもりか?」
悪魔相手に丸腰にも関わらず、白猫は侮蔑の笑みを浮かべ、挑発してくる。
相変わらず、尊大な猫だ。
猫であった頃なら、そんな笑みを浮かべられたらショックを受けていただろうが…今の自分には何も感じない。
「それはアンタ達次第だ。俺に飼われたいかどうか、自分で決めればいい」
この空間に閉じ込められた2匹に、選択肢などない。
それでも、強制ではなく自ら飼われることを望め、とコノエは挑発し返した。
「どのみち、あのまま祇沙にいたって死ぬだけだ。助けだして感謝してほしいくらいなんだけど」
白猫の柔らかそうな耳に手を伸ばす。
その手が勢いよく弾かれた。その拍子に爪がひっかかり、コノエの白い手の甲に、赤い線が走った。
「コノエを傷つけるな…!!」
それまで呆然として微動だにしなかったアサトが、唸り声を上げる。
「お前は本物の奴隷になりさがるつもりか?」
その言葉にアサトはライを睨みつけると、傷付いたコノエの手を取り、舌を這わせた。
「アサトは、いい子だな」
コノエが黒猫の頭を撫でてやると、アサトは困惑しながらも、くるると喉を鳴らした。
「コノエ、だ。コノエの匂いがする」
毛で被われていない角も尻尾も、自分の知らないもの。しかし匂いだけは昔のままで、アサトは我慢できなくなり、コノエの肩に鼻を擦り寄せた。
「俺は、俺はずっとコノエに会いたかった…」
「…アサト」



4つの石が建つ場所で、コノエが姿を消してからどのくらい経ったのか。
なによりも大切な猫を奪われ、地に爪を立てて慟哭する黒猫を白猫が叱咤し、無理矢理立たせた。
コノエは死んだわけではない。
その事実だけが、魔物の狂気に飲まれそうになった自分をすくい上げ、白猫と行動を共にするのは嫌だったが、必死にあの愛しい猫を探した。
悪魔に連れ去られた。居場所など皆目検討もつかない。
祇沙にいるかどうかも怪しい。


いつの間にか、世界は闇に包まれはじめていた。
リークスの仕業なのだろうが、それすらどうでもよくなっていた。
どんなに探しても、コノエの匂いはどこにもない。
コノエのいない世界など、もうどうでもいい。


降ってきた雪を眺めながらそんな事を思っていた時。あの悪魔が現れた。
コノエを連れ去った、何よりも憎い悪魔。
怒りにまかせ、白猫と共に剣を交えたが、憤怒の頂点に立つ悪魔とただの猫では、力の差は歴然としていた。
炎に連れていかれたのは、赤い火の灯る空間。
そこに、探し求めていた猫が、いた。


すでに猫ではなくなっていたけれど。




「アサト、俺のものにならないか?」
「…!」
ごくり、とアサトの喉がなった。それは、いつもアサトが思っていた願望だ。
コノエのものになりたいと。
「俺のものになってくれたら、アサトの欲しいものをなんでもあげる」
コノエは見上げてきたアサトの唇に軽く口付けた。


これは、悪魔の契約だ。


「コノエ…」
「ん…」
離れた唇を追って、アサトが口付けてくる。牙があたって上手く入り込めない舌をコノエが巧みに導き、舌を絡ませた。
「あ…っ」
アサトは膝立ちになっていたコノエを引き寄せ、己の腕の中に抱き込み、夢中でコノエの口内を貪る。
息をつく暇も与えてくれない激しさに、コノエがアサトの背を尻尾で叩いて抗議した。
「はぁ……っ…、だめだ、アサト」
「コノエ…」
拒否されたことに、アサトの耳がへたりと伏せられる。
「俺のものになるって誓え。…誓ったら、もっとしていいから」
「!!」
困ったように笑うコノエに、かつての猫の姿が重なる。


限界だった。


「俺は、コノエのものに、なりたい」
「契約成立、だな。………ん…っ」
言い終わらないうちに、許されたとわかったアサトはコノエの上着から覗く肌へ舌を這わせた。
「は…ぁ…」
揺れる黒髪の向こうに、苦虫を噛み潰したような顔をしている白猫の姿が見える。
「アンタも…混ざる?」
「…ふざけるな」
「ふふ…っ」
全身で拒絶するライに、コノエは笑う。さすがにこの猫は一筋縄ではいかないらしい。
そんな猫を堕とすのも、楽しそうだ。
(まあ、それは後にするか…)
今は、目の前の黒猫を堕とすのに集中しよう。
「混ざらないんだったら、そこでおとなしく見てろよ」
そう言うと、コノエはアサトに手を伸ばした。



「アサトは、何もしなくていいから」
アサトの辿々しい愛撫も嫌ではないが、今は早く繋がりたい。
コノエはアサトの膝を跨いで腰を持ち上げ、己の下肢を被う衣を少しずらし、後ろの蕾に指を這わせた。
「ん、んぅ…」
ぐちぐちと音をたてながら、自らを解していく。同時に空いているほうの手でアサトの熱も扱きはじめた。
「…っ、コノエ…っ」
「は…っ、大丈夫、そのまま…」
勃ちあがったアサトの上に腰をおろしていく。その質量にコノエは息を飲んだ。
「あ…あ…っ」
アサトの身体を完全に押し倒し、その上に跨がって淫らに腰を揺らす。
コノエの先端からは先走りが漏れていて、アサトは誘われるようにコノエの中心に手を伸ばし、くちゅりと先端を撫であげた。
「やあ…っ!」
途端、コノエの身体がビクリと震え、思わず最奥へ含んでいるものを締めてしまう。
その強い刺激に耐えられなくなったアサトはコノエの腰を掴むと、強く下から突き上げた。
「あぁぁっーーー…っ!!」
自らの体重をかけてるうえに、さらに抉るように肉を割られ、アサトのものを全部含んだ瞬間、コノエは白濁を散らした。
「はっ……はぁ……」
身体を支えられなくなり、がくりとアサトの胸に倒れ込む。自分の放ったものがアサトと自分の胸の間で擦れ、濡れた音をたてた。
「コノエ…大丈夫か?」
胸に縋りつくようにしながら荒い呼吸を繰り返すコノエの背をさすると、それすら感じるのか、ぴくりと身体が揺れた。
「…っ、大丈夫、だ。…アサトこそ、まだ出してないだろ?」
「でも、コノエが…」
辛いならやめる、と言おうとしたが、それはコノエの唇に奪われる。
「欲しいもの、なんでもあげるって言っただろ?」
くすり、と、悪魔が妖艶に笑う。
「俺が欲しいのなら…いいよ。いくらでも奪えばいい」


コノエの言葉にアサトは小さく唸り声をあげると、細い腰を掴み直し、欲望のまま突き上げた。





「ただいま、ラゼル」
ぱたぱたと小走りで走りより、当たり前のように主の膝の上に凭れ掛かる。この場所はコノエだけの定位置だ。
ラゼルがコノエの首を撫でてやると、気持良さそうに喉を鳴らす。
「新しいペットは気に入ったか」
「ああ」
コノエは2匹の様子を思い出し、くすくすと笑った。
「黒いのは堕とした。白いほうは、まだ時間かかりそうだけど」
「ふ…。お前は調教師の素質があるんじゃないか?」
「ラゼルほどじゃないと思う」
主人のからかい半分の言葉に、笑って返す。
「やっぱり、2匹とも強請ってよかった。あの2匹、全然性格ちがうから、両方楽しめて面白い」
全身でコノエを求めるアサトと、頑なに拒むライ。
さて、どうやって堕とそうか。
黒猫との行為を、目を逸らさずにきつく睨みつけていた白猫。
「まあ、時間はいくらでもあるし。ゆっくりやってみるよ」 コノエは嬉しそうに背を伸ばすと、愛しい主に口付けた。





続きが書きあがればライとの絡みも載せたいです。