初夏のサービス

「暑くなってきたなぁ…」
じわじわと日差しが強くなってくる季節。コノエは洗濯したシーツを干し、室内へと戻ってきた。今日はたいした量ではなかったのだが、ここ最近の気温の上昇によって少し汗ばんでいた。
午前でこれだ。午後はもっと暑くなるに違いない。
「あ、そうだ」
いいことを思いついたと、コノエは足早にリネン室へと向かった。


それからしばらく経ち、コノエが受付けに座っていると、扉が開かれる音がした。
「いらっしゃ………、あ、ライ!」
扉の向こうから現れた白銀の闘牙の姿に、コノエは嬉しそうに耳をぴんとたてた。
「いつもの部屋、空けてあるから」
「…ああ」
「あ、待って」
鍵を受け取り、そのまま階段へ向かおうとするライのマントを掴んで引き止める。マントからじんわりと熱が伝わってきた。
「熱っ!…なあ、そのままじゃ暑いだろ?こっち来ないか?」
「何だ」
ライが鬱陶しそうにコノエを睨む。しかしコノエも慣れたもので動じない。
「いいから、な?」
「……」
そしてライも、コノエの上目使いの“お願い”にはめっぽう弱くなっていた。



ライが連れてこられたのは宿の食堂。すでに食事の時間は過ぎているので、他に客はいなかった。
開け放たれた窓から入ってくる風が心地良い。
コノエはライを窓際の椅子に座らせると、マントに手をかけた。
「おい…」
「いいからいいから」
自分で外そうとするライの手をやんわりと制し、鼻歌を歌いながら器用にマントをはずすコノエ。
その異様な機嫌の良さが理解できず、ライは視線を泳がせた。
はずしたマントを別の椅子の背にかけ、コノエは白いものをライに手渡した。
「今日は暑いだろ?だから、サービス」
受け取ったものは吸水性のある布で、冷たい水で絞ったのか、ひんやりとしていた。
宿を訪れる客に配っているのだろう。ライは溜息をつくとグローブを外し、その布で手を冷やした。
「そうやって客のマントを外すのもサービスなのか」
「まさか。アンタだけだよ」
からかうつもりで言った言葉だったのだが、あっさりと返ってきた台詞にライが少し固まる。
その間にコノエはライの背後へとまわり、その白銀の髪を手にとった。
「おい…?」
コノエの不可解な行動の連続に、ライが狼狽え始める。もちろん、他猫に悟られないようにだが。

「前から興味あったんだよな、アンタに」
「…………………、……………………………………何?」

今度こそライは固まった。
それに気付かず、コノエはライの髪にブラシを当て始めた。

「だから、アンタの世話する事に興味あったんだって」
「…………………、…………………………………世話、だと?」
「そう」
「……………」

ライが大人しくしていることをいいことに、コノエはブラシを入れていく。
髪の中に篭っていた熱を取り、髪をひと纏めにして、頭の高い位置で結った。
「ほら、涼しくなっただろ?」
「……………くだらん」
馬鹿馬鹿しいとその場を離れようとするライだったが、コノエがそれを許さなかった。
「冷たいスープがあるんだけど」
「いら…」
「俺が作ったんだけど」
「………」
『いらん』と言う前に先手をとられた。
コノエはライの返事を聞かず、厨房へと入っていく。
そして入れ違いに食堂に入ってきたのは………笑いを堪える宿主の虎猫だった。
「プ、クク…ッ!あそこまでウチの女将さんにふりまわされるのは、俺とあんたくらいだな。クク…」
しまいには盛大に笑い出すバルドに、ライは立ち上がり、殺意も露に剣を取る。
「コノエのやつも、天然であんなことするもんだから、キッツイな〜〜ククク…」
「黙れ、貴様…!!」
一部始終を見られていた羞恥やら怒りやらが混ぜこぜになり、ライは髪を結った姿のままでバルドに切りかかる。
そんな姿にさらに爆笑するバルドにライは完全にキれ。
コノエの鉄拳が2匹に入るまで、乱闘騒ぎは続いた。