あまいお菓子をあげる

商売猫の間で、季節の行事はかかさない。集客にもってこいだからだ。
もちろん宿屋も例に洩れず…。


コノエがバルドの宿を手伝うようになってから、初めての秋。
二つ杖は、秋には『ハロウィン』というお祭をしていたらしい。
リークスとの戦いの日。被害を受けた藍閃は復興作業に追われ、春はもちろん、夏の祭もままらなかった。
やっと落ち着きをみせたのが、秋に入ってから。
暗冬とすることが被るため、今まではあまり注目されていなかったこの行事だったが、暗冬を待ちきれない猫達により、街をあげて開催されることになった。


「よし、これで終わりか?」
きゅっと、お菓子を入れた袋にリボンを結ぶ。最後の1つの袋を籠に入れると、コノエが肩を叩きながらバルドに訊ねた。
「ああ、それで終わりだ。ご苦労さん。それじゃあ、これに着替えてくれ」
「着替え?」
ハロウィンについては、おおまかな説明を聞いた。
確か、お化けに仮装した子猫が色々な家に行き、お菓子をもらうというものだ。
「お菓子を渡す側が仮装するのは違うんじゃないか?」
「まー、細かい事は気にするな。祭なんだから、楽しんだほうがいいだろう?」
バルドが笑いながらコノエに衣裳を手渡す。コノエも「そんなものかな」と深く考えずにその衣裳を受け取った。
黒い塊のようなそれを広げてみると、ワンピースのような服。そして先の尖った帽子。「魔女」というやつだ。
「菓子をもらいに来た子猫と…、そうだな、宿の客にも菓子を配ってくれ」
「わかった!」
魔女のローブを着ながら、子猫に負けない元気さでコノエが返事をする。もともと祭は好きなほうだ。しかも、藍閃が復興してから初めてのお祭。楽しみでないはずがない。



「お菓子をくれないといたずらするぞ!!」
宿屋の食堂で、元気に走り回る小さなお化け達。コノエはもちろん、その場にいた客猫達も、その可愛らしいお化け達にお菓子を渡していた。
「ありがとう!」
両手いっぱいにお菓子を抱えた子猫達が、嬉しそうに外に飛び出していく。
その子猫と入れ代わる形で、別の猫が入ってきた。
「何の騒ぎだ、これは」
疲れたように文句を言いながら入ってきたのは、ライだ。
見ると、豊かな毛並みの尻尾が若干乱れている。
道で子猫に菓子を強請られ、菓子を持っていなかった為にいたずらされた結果だろう。そんな様子が想像できて、コノエは笑いながらライに言った。
「ハロウィンっていう祭だよ。お化けにお菓子をあげないと、いたずらされちゃうんだ」
「くだらん…」
「あ、ライ」
不機嫌そうに部屋へ向かおうとするライのマントを掴み、引き止め、コノエが菓子の入った籠を差し出した。
「これ、あんたにも。好きなの持っていってくれ」
目の前に籠を突き出されたライは、籠をコノエを交互に見る。
そして手を伸ばし、籠…ではなく、コノエの籠を持つ手を掴んだ。
「え?」
そのまま引っぱられ、被っていた帽子が床に落ちる。そのまま階段を上らされそうになった所を、帽子を拾ったバルドが止めた。
「あー、確かに甘くて旨いのは確かなんだが、それは俺専用だぞ」
「?」
「……チッ」
状況がわかっていないコノエの手を、ライが舌打ちをして離す。
そのまま部屋に向かおうとしたライを、コノエが再度引き止めた。そして、菓子の入った籠ごとライに手渡す。
「あんた結構欲張りだな。特別に全部やるよ」
激しく勘違いしているコノエにライの眉が寄る。さすがのバルドも苦笑いを浮かべていた。
籠の中には、手作りのクッキー。ただでさえ甘いものを食べないうえ、バルドの作ったものなど…。
「俺が作ったんだ」
籠の中身を見て一層不機嫌になったライに、コノエが言った。
「バルドの作ったものも混じってるけど」
それだけ言うと、コノエは足早に食堂に戻って行った。またお化けが訪ねてきたからだ。


籠の中のクッキーは型で作るタイプのもので、どちらが作ったものかは判別ができない。
部屋に戻ったライは、その籠を睨みながら一晩悩まされたとか。




「あ〜疲れた!」
長い1日が終わり、自室でコノエが背を伸ばす。
楽しい1日だった。
暗冬の祭のように露店はないが、街はオレンジと黒の装飾で飾り付けられ、顔の形にくりぬいたカボチャの明かりで、怪しいながらもとても綺麗だと思った。
子猫が元気に走り回る姿を見て、平和になったんだなと実感もできた。
「今日の祭がそんなに気に入ったか?」
「ああ。また来年もやりたい」
機嫌良く答えながら魔女の衣裳を着替えようとすると、バルドがまた黒い服を差し出してきた。
「何?もう祭は終わったんじゃ………、……なんだこれーっ!」
広げてみると、それは黒地に白のレースがふんだんに縫い付けてあり、丈が異様なまでに短いワンピースだった。
「それも衣裳だぞ〜。さあ着替えた着替えた」
「なっ、祭は終わっただろ!!」
「“今日”はまだ終わってないだろう。ほら着替えた着替えた」
絞まりのない顔でにじり寄ってくるバルドに、身の危険を感じたコノエが後ずさる。
「ほ〜ら、菓子をくれないといたずらするぞ」
「こ、このエロ猫〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ」



この後、どんないたずらをされたのかは、ミニ丈の魔女のみが知る。