意地

「よお、チビ子」
「………………………」
ニヤニヤと笑いながら近づいてくるヴェルグに、コノエはあからさまに嫌そうな顔をして、黒光りする尻尾を揺らした。
微かに唸り声を上げて警戒するコノエの態度など気にも止めず、細い腕を掴む。
「離せっ!」
案の定、その手は払い除けられた。

ヴェルグはこの元・猫が気に入らなかった。
主である憤怒の悪魔にはもちろんだが、あの白銀の喜悦にも素直に身体を開くというのに、自分は触れることさえ許さない。
「んだよ。たまには暇潰しに付き合ってもいいだろうが」
「何度も言わせるな。アンタに触られるのは嫌なんだよ!」
今度こそはっきりと唸り声をあげ、数歩後ずさって威嚇する。この悪魔が猫のままだったら、尻尾の毛は逆立っているに違いない。
一度理由を聞いたことがあるが、はっきりとした理由はないらしい。
なんとなく嫌だ、と。
そんなわけのわからない理由で拒絶されるのも、勘に触る。
「ったく、キイキイうるせえな」
「!?」
ヴェルグはコノエの腕を掴むと自分の胸元に引き寄せ、その唇を己のもので塞いだ。
「――――ッ、―!!」
コノエは暴れ、胸を押し退けようとするが力の差は歴然で。
ヴェルグは片腕でコノエの身体を拘束し、もう一方の手でコノエの顎をつかみ、口を開かせた。
「ん、ぅ…っ」
差し込まれる舌に逃げをうつものの、それを許さずきつく舌を絡みつかせる。
「ん…っ」
様々な快楽を身体に教え込まれているコノエは、自分の意思に反して身体が反応してしまう。
漸く唇を離すと、身体に力が入らなくなったからか、胸にすがりついてくる。
ヴェルグが鼻で笑うと、熱を帯びた目で悔しそうに睨んできた。
その赤い目に、ぞくりとした。


「ヴェルグ」
ヴェルグがコノエの上着に手をかけようとした時、辺りに炎が灯った。
誰、と聞かなくてもすぐにわかる。憤怒の悪魔だ。
「ラゼル!!」
一瞬の隙をついてコノエはヴェルグの腕から逃げ出し、ラゼルに走り寄った。
足がもつれて倒れそうになるのをラゼルが受け止める。コノエはその腕に安堵し、くるると喉を鳴らした。
「強い怒りを感じると思ったら…。俺の眷属にむやみに手を出すな」
「ああ?そのチビに手を出してるのは俺だけじゃねーだろ」
「…っ」
主人の前であまり言われたくない事を言われ、コノエが睨む。
「コノエが嫌がるのなら話は別だ。…帰るぞ」


シュン、と空間移動により2体の悪魔の姿が消える。
消える瞬間、コノエがヴェルグに、べぇ、と舌を出したのは見逃さなかった。
「〜〜〜っ!あのチビ子!!」
餌になる猫などいくらでもいる。
猫の頃ならまだしも、憤怒の眷属となった今、手を出す必要性もないはずなのだが。
「あ〜〜、くそ…っ」
ヴェルグは自分がわからず、苛立たし気に自分の髪を掻いた。

普通に餌としてうまそうだからだ。ついでにあまりに抵抗するものだから意地になっているだけだ。
それ以外にあるはずがない。


「ぜってーに喰ってやるからな、チビ子!!」