宣戦布告

バチッ


「…っ!」
「……、…………」
これまでに何度か経験したことのある電流のような衝撃が、触れた箇所に走る。
今回は発情期前特有の息苦しさがなかったため、コノエは油断していた。
(ど、どうしよう…)
心拍数が増え、どんどん身体が火照っていく。
コノエは慌てた。
なぜなら、相手は自分のつがいではなく、ライだったからだ。



宿を訪れたライに部屋の鍵を渡そうとして微かに触れた指先から走った衝撃に、コノエはそのまま硬直し、ライは不機嫌そうな顔をしていた。
コノエの顔がみるみる赤くなっていく。
鍵は渡したのだから、早く部屋に行って欲しい。
恥ずかしさにライの顔を見れず、尻尾をそわそわと揺らす。すると、いきなりライがコノエの腕を掴んできた。
「!!」
またビリッと身体に走る電流。
「な、何…」
「あいつはどうした?」
あいつ…というのはバルドのことだろうか。
「さっき外出ちゃって、しばらくは帰ってこないんじゃないかな…」
よりによってこんな時に。コノエは涙目になり、熱い溜息をはいた。
これ以上ライに触れているのは辛くて、力の入らない腕でライの手を降りほどこうとするものの、がっちりと掴まれていて払えない。
それどころか、ライはコノエを肩に担ぎ上げると、そのまま階段を上っていってしまった。
突然視界が反転して何が起きたかわからず混乱する。部屋の前に着いた時にようやく今の状況がわかると、コノエは尻尾でライの顔を叩いて抵抗した。
「お、おろせよ!!」
「黙れ。おとなしくしていろ」
「……っ」
顔を叩いていた尻尾をぎゅっと捕まれ、コノエの身体がピクリと痙攣する。
痛みを感じない。やはり発情期が始まってしまっているようだ。
ライはそのまま部屋に入って行き、寝台の上にコノエを降ろした。驚きに目を見開くコノエの肩を寝台に押し付け、幼い色の耳の輪郭を舐め上げる。それだけでコノエは息を詰めた。
「あ…っ、な、あんた何のつもりで…」
「あいつがいないなら解消できなくて辛いだろう。俺がかわりにしてやる」
「かわりにって…」
下肢に手を伸ばしてきたライに、コノエは本格的に焦りだし、ライの手に爪を立てて抵抗した。
しかしライはそんな抵抗など気にもとめず、下履きをずらし、コノエのものに直接触れてきた。
「んあ…っ、やめ…、今しなくても、バルドが帰ってくるまで待てるから…!」
「…お前が触ったせいだ。責任をとれ馬鹿猫」
「あ…」
相性の良い相手が側にいるせいで自分が発情しているのなら、ライも同じ状態のはずだ。
確かに先にライに触れたのは自分だが…。
「あ、ぁ…っ」
中心を擦られて身体の力が抜けていく。これでは抵抗などできない。
ライがやめるつもりがないのなら、ライを満足させるまで終わらないだろう。
なによりももう、この状態で放って置かれるのに耐えられそうにない。コノエはのろのろと身体を起こすと、ライの下履きから熱を取り出し、口付けた。
「さ、最後までは駄目だからな」
「…ああ」
挿れなくても熱は発散できる。コノエはライに釘を差し、ライのものに舌を這わせた。同時にライもコノエのものを口に含む。
「ん…」
つ…と舌先で根元から先端へと舐め上げる。先端の窪みに舌を這わせると、そのまま牙が当たらないように、ゆっくりと口に銜えた。
お互いにお互いのものを口に含んでいるため、聞こえてくるのは濡れた唾液の音と、荒くなる息遣いのみ。
「んふ…」
口の中の質量が増え、銜えているのがきつくなる。コノエは両手で根元を扱きだし、先端を舐めながら愛撫をしはじめた。
自分のものも執拗に舐められているため、手に力が入らなくなりそうになるが、懸命に愛撫を続ける。
時折、舌に苦味を感じるようになってきた。
(あと少し…)
夢中で舌を這わせていると、ライがコノエのものを含んだまま、ひくつき始めた後孔へ指を伸ばした。
「あっ!?」
突然の刺激にコノエの身体が跳ねる。発情期のため、そこは何の抵抗もせず、ライの指を飲み込んでいった。
「やぁ…っ、そこは触るな…っ」
尾で叩いて抗議をするものの、ライはやめてはくれない。
やめるどころか、コノエの手が止まってしまっているので、視線で続きを促す。
「あ…あぁ…」
腰がガクガクと震えるのを抑えられない。
とにかく、早く終わらせなければ。
コノエはライの熱に縋り付くようにしながら、必死に手と舌を動かした。
「は……っ、んああぁぁ――っ」
ライの指が奥の敏感な部分に触れたと同時に、コノエはライの口内へ放った。
それから少しおいて、ライも白濁を放つ。コノエが口を離してしまったため、それはコノエの頬にかかった。
「はぁ…はぁ…、…」
全身の力が抜け、身体がシーツに沈む。ライが起き上がってコノエを見ているが、コノエは身を隠す気力もなかった。
とろりと頬に白濁が伝う。それを指ですくいあげると、粘り気を帯びているため、糸をひいた。
(どうしよう…)
なりゆきとはいえライとこんなことをしてしまい、バルドに何て言い訳をすればいいのか。先に発情期を終わらせてしまった以上、隠すことはできないだろう。
「…、ライ………」
「………っ」
コノエが頬の白濁に触れながら困ったように見上げると、ライが息を飲んだ。
「…この、馬鹿猫」
低い唸り声にコノエがはっとする。ライの不穏な空気に怯え、上半身を起こして寝台の上を後ずさるが、足首をつかまれ引っぱられ、そのままシーツへ押し倒された。
「な、なに…っ」
「…お前が悪い」
「何言って……んあぁっ」
コノエの足を大きく開かせ、ライが腰を進めてくる。あまり解されていなかったが、そこはライの熱を難無く受け入れた。
「だ…めって、最後までは…っめって、言った…!」
「…俺が今までどれだけ我慢してきたと思っている。煽るお前が悪い」
「んぅ…っ」
わけがわからない、と言うより先に深く口付けられる。腰と頭を抱えられていて、力の入らない身体では抵抗のしようがない。
「あ…っあぁ、あ…っ」
奥を突かれ、身体が撓る。
抵抗する心と、快楽を求める身体。
相反するものがコノエの中で鬩ぎあって思考がぐちゃぐちゃになり、涙が溢れて止まらない。
「コノエ…」
ライはコノエの瞳から溢れるものを舌で拭いとり、余計な事を考えられなくするかのように、強く挿入を繰り返す。コノエの中心は再度熱を帯び、先走りを滴らせていた。
「ゃあ…っ、んああっ…!」
中を強く突かれ、先走りを塗り込むかのように中心を擦られ、コノエの思考が白く飛んでいく。
(だめだ、もう…)
思考が白く埋められ、コノエは理性を飛ばすと、甘く泣きながらライに手を伸ばした。
「ライ…ライ…っ」
「コノエ」
伸ばされた腕を自分の背中にまわし、ライもコノエを抱きしめた。
どちらともなく口付け、舌を絡ませる。ライはコノエの抵抗がなくなったのを確認すると、味わうかのように、ゆるく、しかし強く、腰を打ちつけていく。
「あ、あ…」
無理矢理高められていくような刺激ではなく、心地よさすら感じさせる動きに、コノエはライの肩に額を押し付けると、くるると喉を鳴らした。
情事の最中でも幼い仕種を見せるコノエに苦笑すると、ライはコノエの頬を毛繕いをするように優しく舐めあげた。
「ライ…」
「滅多にない機会だ…存分に楽しませてもらおう」
「ん…っ」
ライはコノエの腰を抱え直すと、更に奧へと熱を押し進めていく。
コノエはライにしがみつくと、甘い声を洩らした。













「………………」
すっかり腰が立たなくなってしまったコノエは、毛布を頭までかぶり、隙間からライを睨んでいた。
ライはそんな視線を受けてもしれっとしていて動じない。
コノエの身体には点々と赤い跡が散っている。今度こそ、どうやってもバルドに言い訳できない状況になってしまった。
「もう、バルドに何て言えばいいんだよ…」
発情期のせいとはいえ、つがいを裏切るような行為をしてしまったのは確かだ。
「ありのままを言えばいい」
「言えるかーーっ!!」
他人事のように言うライに、コノエは毛布をはね除け、尻尾を逆立てて憤慨した。
フン、とライが笑う。
「正当な理由が欲しければ、なくもないが」
「は?」
ニヤリと笑みを浮かべ、ライがコノエの腰を引き寄せた。
「俺がお前を、あいつから奪えば済むことだ」
「………………………………………え?」
呆気にとられるコノエの唇を、ライの赤い舌がぺろりと嘗める。
「お前が俺のものになるのなら、俺に抱かれても問題ないだろう」
「……………………………………………。な…っ!?」
ライの言葉の意味を理解するためにかかった時間、数秒。
理解した所でコノエの顔が真っ赤になり、抗議に口を開いた所で、言葉はライの唇に奪われた。
「んんーーっ!」
がっちりと己を抱えて深く口付けてくるライの肩を、バシバシと殴る。しかしそんな抵抗も全く通用しない。
「あ、あんた、今までそんなコト…」
「言っただろう、我慢してやってたんだと。もうする必要はなさそうだがな」
「や…っ」
再度近づいてくるライの顔を慌てて押し退ける。
その手を捕まれ、引き寄せられて、コノエは青ざめた。
「…帰ってきたようだな」
コノエの唇に触れる直前でライの動きが止まり、ドアのほうへ視線を送る。下の階からコノエを呼ぶバルドの声が聞こえた。
「丁度良い、きっちり話をつけてきてやる」
「え…」
ライは寝台から降り、着衣を整えるとドアの方へと向かっていった。
「ちょっと、待…………っ」
コノエが慌ててライを追い掛けようとするが、腰に力が入らず、その場にへたり込んでしまう。
バタン、とドアが閉まり、階段を降りていく音がした。



「………………………」
この後に起こるであろう、骨肉の争いに、コノエの顔が青を越して白くなっていく。
下の階からすさまじい物音が聞こえた所で、コノエは現実逃避を決め込み、毛布の中へ潜っていった。